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アルバート・フィッシュ (アメリカ)
【1870 ~ 1936】



ハミルトン・ハワード ・アルバート・フィッシュは、1870年5月19日、アメリカの首都ワシントンD. C. で生まれた。

フィッシュの家系は代々精神疾患の多い家系であった。


1875年、父親がペンシルバニア駅構内で心臓発作で倒れて死亡してしまう。

フィッシュは12人兄弟であったが、母エレンはフィッシュを育てられないと、フィッシュを孤児院に入れた。

この孤児院は「聖ヨハネの避難所」として厳格な生活で子供を強いた。

孤児院の寮母は鞭により子供の規律を守ったが、ある時、フィッシュは鞭で打たれている事に快感を覚えている事に気づく。

鞭打ちの際は臀部を突き出して行われるのだが、寮母に叩かれている最中、フィッシュはあまりの快感に勃起していた。

フィッシュは自身が鞭打たれるだけでなく、他の少年が鞭で打たれる姿を見ても興奮した。

そして、後からそれを思い出し、覚えたての自慰行為に耽った。


1882年、フィッシュ7歳の時、母親が引き取りに孤児院にやって来る。

しかし、フィッシュは7歳にしてすでにサディズムとマゾヒズムを兼ね備えた異常者となっていた。

フィッシュが家に戻ると、年の離れた兄が丁度軍隊を除隊し、家に帰って来ていた。

兄はフィッシュに男女が性行為をしている写真を見せたり、
「戦場で実際に目撃した」
と言ってフィッシュに人肉食いの話を熱く語った。

この人食いの話にフィッシュは夢中となり、兄の話を食い入るように聞いた。

また、フィッシュはホラー小説のパイオニア、エドガー・アラン・ポーの『落とし穴と振り子』を好んで読んだ (この小説は理由もなく監禁された男が、次第に落下してくる巨大な剃刀の振り子に、刻一刻と命の時間を削られていくという内容のものだった) 。


フィッシュ12歳の時、売春宿にいる電報配達人の少年と性行為を行った。

しかし、この少年は他人の小便を飲んだり排泄物を食べる事を好む変態で、フィッシュもそれに強い影響を受ける。

2人は排泄しながら抱き合い、糞尿まみれになるという行為を繰り返し、フィッシュはスカトロへも適応してしまう。


それから数年後、フィッシュはSMとスカトロを好む同性愛者を求めて全米を渡り歩く。

しかし、そんな特異の趣味嗜好の相手になかなか巡り会う事も出来ず、20歳の時にニューヨークに移り住んだ。

そこで、男の子の裸を容易に見られるという事でサウナに入り浸る。

そして、この頃にはフィッシュは少年を言葉巧みに誘惑して強姦するようになっていた。

また、仕事がない時は、詐欺等の犯罪で生計を立て、股間に針を突っ込んだり鞭で打ってくれる売春宿に通った。


フィッシュ28歳の時、たまたま訪れた博物館で、とある医学標本に目を奪われる。

その標本は男性器を縦に切り裂いたもので、海綿体と睾丸の断面であり、その中身にフィッシュは異様に興奮した。

その日からフィッシュはその博物館に毎日通っては陰茎や睾丸の断面を見ていた。

そして、フィッシュは以前、少年にいたずらしている時に
『陰茎を切り取れ』
という声を聞いた事を思い出す。

ここから去勢という願望がフィッシュの精神を支配する。

フィッシュは当時、付き合っていた精神障害の男性を全裸にし、縛り上げるとナイフで陰茎を切り取ろうとする。

フィッシュは恐怖におののく男性の陰茎を根元からナイフで切りつけるが、血が噴き出してしまい、博物館で見た標本のようにはならなかった。

その後、フィッシュは陰茎を引っ張ったり引き千切ろうとしたがあまりの血の量に冷めてしまい、男性を解放し、自身もその場を去った。

そして、直後にフィッシュはニューヨーク郊外で少年を拉致し、陰茎をハサミで切り取ろうとして失敗する。


1898年、フィッシュは9歳年下の女性と結婚し、室内装飾や塗装の仕事に就き、6人の子供を生んだ。

まともな生活を送るかに思えたフィッシュだったが、すでに精神が破綻しているフィッシュにまともな生活など送れるはずもなかった。


②に続く



* 追伸 *

新年明けましておめでとうございます。

今日から数日間、フィッシュを掲載していきたいと思います。

実はフィッシュは昨年が没後80周年だった為、掲載しようと思っていたのですが、ヘンリー・ルーカスとアンドレイ・チカチーロが生誕80周年記念という事でそちらの掲載に至ってしまい、フィッシュの掲載は今日に至りました。

ビッグネームで皆さんも良くご存知だとは思いますが、こらから数日間、付き合って頂けるとありがたいです。