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ポール・ヘイグ (オーストラリア)
【1957 ~ 】



ポール・スティーブン・ヘイグは、1957年9月5日、オーストラリアで生まれた。


1978年、ヘイグは仮釈放中の身であったが (武装強盗の罪で服役していた) 、『Tatts Lotto (宝くじ) 』職員イヴリン・アダムス (58歳♀) を襲撃し、射殺する。


同年、ヘイグはピザショップのオペレーター、ブルーノ・シンゴラニ (45歳♂) を襲撃し、射殺する。


1979年、ヘイグは犯罪仲間ウェイン・キース・スミス (27歳♂) とスミスの元ガールフレンド、シェリル・アン・ガードナー (31歳♀) を射殺する。

更にヘイグはガードナーの車に座っていたガードナーの息子ダニー・ミッチェル (10歳♂) も射殺した。


同年、ヘイグはガールフレンドのリサ・モード・ブリアリィ (19歳♀) を殺害する。

殺害した理由は、ブリアリィが見ず知らずの男性にナイフで脅され強姦された為であった。

ヘイグはブリアリィを実に157回も刺して殺した。


同年、ヘイグはスミスら殺害容疑で逮捕された。

逮捕されたヘイグはアダムスとシンゴラニ殺害も認めた。


裁判でヘイグは仮釈放の可能性がない6つの終身刑が言い渡された。


1991年、ペントリッジ刑務所で囚人ドナルド・ジョージ・ハザリー (36歳♂) が死亡する。

ハザリーは縄を巻いた首吊りの状態で発見されたのだが、ヘイグがハザリー殺害で逮捕される。

だが、ヘイグは

「ハザリーが自ら首に縄を巻き、ハザリーを押し上げ食器棚に乗せ、その後、ハザリーが自ら食器棚を蹴り、首を吊って死んだ」

と主張し、ハザリー本人が自殺するのを手助けしただけで殺していないと主張した。

しかし、ヘイグはこのハザリー殺害で有罪判決を受け、懲役15年を追加された。


ヘイグは判決を不服として控訴するが、2013年12月13日、ヘイグの控訴は棄却されている。


最後に法廷でのヘイグの発言で終わりたいと思います。

「過ぎ去りし日のモンスターは遠ざかり、すでに危険な存在ではなくなった。私は醜い毛虫であり、いずれ蝶となるがその境遇は不遇である」



《殺人数》
7人


《犯行期間》
1978年~1979年、1991年




∽ 総評 ∽

多種多様な7人を殺害したヘイグ。

ヘイグは強盗目的の殺人、犯罪仲間の殺害、ガールフレンドの殺害と、快楽殺人ではなくその場その場で自身の弊害となる者を殺した。

ただ、ガールフレンドに限っては他の男に強姦された事に腹を立てての行動であり、可哀想なのは強姦されたブリアリィであり、ヘイグではない。

そんな傷心のブリアリィを150回以上も刺して殺害するという身勝手極まりなくまるで救いようがない。

ハザリー殺害も仮にヘイグが本当に手伝っただけだとしても、それで懲役15年を追加されたから何だと言うのだろう。

ハザリーはすでに6つの終身刑を受けている身であり、それをたかだか15年追加されたからといって不満を抱き控訴した。

下らない人間のちっぽけな主張であり、悪人は悪人らしく開き直っていればいいのだ。

法廷で述べたヘイグの発言も、文学的な表現で述べているように思えるが、ただの自分勝手かつまるで自身が被害者だとでも言いたげなものであり、6人も殺しておいてよくそんな事を言えたものだと呆れてしまう。

オーストラリアは死刑がないので終身刑というのはしょうがないが、6つの終身刑にするくらいならいっそ極刑にしてもらいたい。