image




















ジョセフ・ダンカン (アメリカ)
【1963 ~ 】



ジョセフ・エドワード・ダンカン三世は、1963年2月25日、アメリカ・ワシントン州タコマで生まれた。


ダンカンの長い犯罪の歴史は、1978年、15歳の時から始まった。

ダンカンの初めての犯罪は、故郷タコマでの強姦であった。

ダンカンは9歳の少年を銃で脅して強姦したのだった。


1979年、ダンカンは車を盗み、その車で運転していた所、逮捕された。

ダンカンはこの時、まだ少年という事もあり、精神を鍛え直す為、タコマにある牧場に強制的に行かされた。

そこでダンカンは担当のセラピストに、これまで6人の男の子を強姦したと述べ、最も若い子供は3歳であった。


1980年、ダンカンはタコマで隣人の家から銃を盗み、14歳の少年を銃で脅して誘拐し、強姦した。

この件で逮捕されたダンカンは懲役20年が言い渡された。

この時、ダンカンの精神鑑定を行った精神科医によると、
「性的に異常であり、治癒不可能な性的サイコパス」
と診断を下した。


1994年、刑期を14年務めた後、仮釈放となり出所した。


1996年、ダンカンはマリファナ所持で逮捕される。

しかし、ダンカンは新しい制限により数週間で仮釈放された。


釈放されたダンカンは、同年7月6日、ワシントン州シアトルに移動し、そこでサミージョ・ホワイト (11歳♀) とその妹カルメン・カビアス (9歳♀) を殺害する。

ホワイトとカビアスの遺体は1998年2月10日、ワシントン州ボセルで見つかっている。


1997年4月4日、カリフォルニア州リヴァーサイド郡に移動したダンカンは、アンソニー・マイケル・マルティネス (10歳♂) が庭で友達と遊んでいる姿を見つける。

ダンカンはマルティネスを誘うが、拒否されてしまい、腹を立てたダンカンはナイフで脅してマルティネスを掴むと、車の中に投げ入れた。

同年4月19日、マルティネスの全裸死体が発見される。

マルティネスの死体は解体されており、ダクトテープで拘束され、強姦されていた。

この3件の殺人は、事件発生当初はダンカンの
犯行だとはわからず、後にダンカンが自白した事で判明した。


同年、ダンカンはカンザス州で仮釈放違反により刑務所に戻されている。


2000年7月14日、刑務所で模範囚として過ごしていたダンカンは刑期が短縮され、釈放された。

釈放されたダンカンは、ノースダコタ州ファーゴへ移動した。


ダンカンは2004年頃からブログを始め、自身の事を『ハッピー・ジョー』または『ジェット』と名乗っていた。

そのブログには警察やアメリカ政府、社会に対する恨みを書き込んでいた。


同年7月3日、ダンカンはミネソタ州デトロイト湖の遊び場で、2人の男の子に対して猥褻行為を行う。


2005年3月、ダンカンは逮捕された。


同年4月5日、ファーゴでのビシネスパートナーが1万5000ドル (約165万円) の保釈金を支払うのを手助けし、ダンカンは保釈された。


同年5月16日、アイダホ州に移動したダンカンは、ブレンダ・グフルーン (40歳♀) とそのボーイフレンドのマーク・マッケンジー (37歳♂) 、ブレンダの息子スレード (13歳) とディラン (9歳) をブレンダの家で殺害する。


同年6月1日、ダンカンが保釈中の不当な移動の為に逮捕状が出される。


同年7月2日、ダンカンはコアダレンで逮捕された。

逮捕されたダンカンは、ブレンダたち4人を殺害した事を認めた。

また、ダンカン拘留中に、警察はシアトルとカリフォルニア州で行った未解決事件マーティネス、ホワイトとカビアス殺害をダンカンと結び付け、ダンカンを問い詰めた所、殺害を自白した。

ダンカンは犯行動機を悪魔により指示され、性衝動を抑えきれなかったと話した。


ダンカンはワシントン州、カリフォルニア州、アイダホ州の3州で裁判にかけられた (ワシントン州での裁判は結局有罪判決とならなかった) 。


2006年1月17日、アイダホ州で裁判が始まる予定であったが、同年4月4日まで延期された。

同年10月16日、ダンカンには3つの終身刑が言い渡された。


2007年1月18日、ダンカンは連邦政府により起訴され、誘拐、未成年への性的虐待及び殺人、武器の不法所持や車両窃盗により有罪判決が下された。

2008年8月27日、3時間の審理の末、3つの死刑が言い渡された。


2009年1月24日、ダンカンは身柄をカリフォルニア州の引き渡された。

2011年3月15日、ダンカンはマルティネス殺害でも有罪判決が下された。


最後にブログに書き込んだダンカンの一節で終わりたいと思います。

「私の意図は、出来るだけ社会を傷つけ、そして、死ぬことだ」



∽ 総評 ∽

主に少年を狙い、強姦して殺害したダンカン。

ダンカンは何度も釈放されては移動し、犯罪を繰り返したが、これはアメリカのシリアルキラーに多く見られるパターンである。

ダンカンはわずか15歳で強姦を犯したが、相手が9歳の男の子であり、この時にはダンカンはすでにゲイに目覚めていた (しかも15歳で銃で脅すという異常なものであった) 。

また、標的に選んだのはほとんどが10歳前後であり、ダンカンは生粋のペドフィリアでもあった。

ダンカンがここまで早熟な異常ぶりを発揮した理由だが、幼少期の詳細がない為、よくわからない。

ただ、精神科医が「治癒出来ないサイコパス」と診断したにも関わらず、釈放されてしまい、被害を拡大してしまった。

いつもこういうパターンが多いが、精神科医の診断というのは何故、無視されるのだろうか?

いや、無視というより見逃される事が多い。

後に全てが公になった時、何故、あの時しっかり罰しなかったのかと追及された際、一体何と答えるのだろうか。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 7人
(他強姦被害多数)
《犯行期間:1996年7月6日~2005年5月16日》