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ハッデン・クラーク (アメリカ)
【1952 ~ 】



ハッデン・アーヴィング・クラークは、1952年7月31日、アメリカ・ニューヨーク州トロイで生まれた。

クラークは4人兄弟の2番目であった。


クラークは思春期の頃から変わり者として近所で有名であった。

また、若い頃には女性の服を着る事を好み、何を考えているかわからず、気分屋であった。

もちろんそんな変わり者のクラークと接しようとする者はいなく、友人がいなかった為、クラークは学校でのトラブルは少なかった。


クラークによる初めての犯罪は強盗で、逮捕されたクラークは懲役10年が言い渡され、刑務所に収監された。

この時、精神科医の診断を受けたクラークは、妄想型統合失調症と診断された。


1986年、ミシェル・ドア (6歳♀) が、学校の構内から姿を消す。

この時、クラークはミシェルの家の近くに住んでいた。

強盗の犯罪歴があり、しかも妄想型統合失調症であったクラークだったが、ミシェル殺害の容疑者とはならなかった。


1992年、ローラ・ホウテリング (23歳♀) が、殺害される。


そして、同年11月6日、クラークはローラ殺害で逮捕された。

実はローラの母は変わり者で相手にされていないクラークを不憫に思い、便利屋として雇っていた。

しかし、クラークに異様さを感じたローラの母は、ローラに対して変な気を起こされては困ると判断し、一方的にクラークを解雇した。

クラークはこの事に怒り、ローラを殺害したのだった。

また、逮捕されたクラークは、ミシェル殺害も自供した。

クラークはミシェル殺害後、ミシェルの服を身に付け、ミシェルの肉を切り取って食べ、指を全て切り落とすと、骨でネックレスを作りそれを他人に自慢していた事がわかった。


1993年6月、裁判でクラークは第二級謀殺で懲役30年が言い渡された。


1999年、ミシェル殺害で更に訴追され、懲役30年を追加された。


2004年、クラークは刑務所から警察当局に手紙を送った。

それは1974年にマサチューセッツ州でジェーン・ドゥ (身元不明の女性) を殺害し、クラークの祖父の家の庭に埋めたというものだった。

しかし、警察はクラークが妄想型統合失調症であった為、このクラークの告白を疑い、信じなかった。

余談だが、クラークの弟ブラッドフィールドは、カリフォルニア州で女性を絞殺し、有罪判決を下されていた。

そして、クラーク兄弟の犯罪に苦しんだ父親は後に自殺している。



∽ 総評 ∽

『The Cross Dressing Cannibal (磔台仕立ての食人鬼) 』または『The Rockville Rocket (ロックビルのロケット) 』等と呼ばれ、最低2人は殺害したクラーク。

解雇された事で怒りを覚え、ローラを殺害したクラークだが、それなら解雇した張本人である母親を殺すのが筋である。

娘を殺す事でショックを受けさせるというのはある意味本人を殺害するよりも効果的な復讐かもしれないが、その犯行は身勝手極まりない。

刑務所に収監されたクラークは、過去の殺人を告白したが、警察は相手にしなかった。

もちろん、クラークの病気を考えれば虚言の可能性も十分あるが、クラークのように食人を得意とするシリアルキラーは、食べる事に快感を得る為、被害者が増える傾向にある。

その為、クラークによる犠牲者が2人という事はまずないと思う。

クラークの弟も兄に負けず劣らず異常者であったが、そんな兄弟を育てた父親は子供の犯罪を知った後に自殺した。

自殺するくらいなので、父親はまともだったのだろうが、天性なのか育て方が悪かったのか犯罪者の子供を育て上げてしまった。

日本でも宮崎勤の家族は後に悲惨な目に遭ったと言われているが、犯罪者の存在は家族を不幸にするのである (育て方によっては親は多少致し方ない所はあるのかもしれない) 。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 2人以上

《犯行期間:1986年、1992年》