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ワンダ・アレン (アメリカ)
【1959 ~ 2001】



ワンダ・ジーン・アレンは、1959年8月17日、8人兄弟の2番目として生まれた。

アレンの母はアルコール中毒者であり、最後の兄弟が生まれた後、父親は家を出て行った。

父親の蒸発で家が困窮したアレン一家は、公共住宅に住むようになり、国からの公的支援で生活した。


アレン12歳の時、トラックに轢かれる事故に遭い、14歳の時 (15歳という説もある) には左のこめかみを刺されるという事件に遭遇した (誰が何の為に刺したのかは不明) 。

それらの事故が原因かは定かではないが、アレンは知能が衰えており、IQが69しかなかった (また、アレンは左脳が機能不全であった事が後に判明している) 。

アレンは言語力や理解力、論理的な表現力が著しく低く、それをアレンは日常からストレスに感じていた。


アレンは高校に通ったが、17歳までに中退している。


1981年、アレンは幼なじみでガールフレンドのデドラ・ペタス (♀) とアパートで同棲を始める。


同年6月29日、アレンはペタスと口論となり、カッとなったアレンはペタスを撃って殺害してしまう。

アレンは当初、ペタスにはボーイフレンドがおり、そのボーイフレンドと争っている時に、30フィート (約1m) 離れたペタスを偶然撃ってしまったと状況を説明した。

しかし、ペタスの検死を行うと、法医学的証拠によりアレンが嘘を言っている事が判明した。

ペタスの銃痕には痣と火傷がかなりの至近距離から撃たれていた事を証明していた。

証拠は十分揃ってはいたが、検察官はアレンに司法取引を持ち掛け、アレンは過失致死により懲役4年が言い渡された。


アレンは刑務所でグロリア・ジーン・レザーズという女性と出会い、出所後、2人は付き合い始める。

2人は同棲を始めるが、レザーズは気性が激しく暴力的で、アレンを日頃から虐待した。


1988年12月2日、オクラホマ州オクラホマシティの食料品店でアレンとレザーズ (29歳) が口論となった。

市の職員が駆けつけ、アレンとレザーズに付き添い家へと向かった。

そして、アレンが荷物を運んでいる時、レザーズとレザーズの母親が職員に向かってアレンの不満を述べた。

すると、アレンはレザーズの腹部に向かって1発銃を発砲する。

家のすぐ側には警察署があり、銃声を聞いた2人の警官が現場に駆けつけ、その場でアレンを逮捕した。

レザーズは3日後の5日に死亡した。


アレンの裁判が開かれ、アレンは第一級謀殺により死刑が求刑された。

アレンはレザーズに日頃から暴力を振るわれていた事を語り、また、レザーズが1979年にオクラホマ州において、女性を刺し殺した事があり (裁判で自衛が認められ無罪となっている) 、その事を普段から自慢しており、アレンはレザーズが恐ろしかったと証言した。

また、弁護側はアレンがIQ69しかなかった事や家庭環境を理由に情状酌量を求めた。

しかし、陪審はアレンに対して死刑を指示し、1989年、アレンには死刑が言い渡された。


刑務所に収容されたアレンは、キリスト教に触れ改心した。

その為、アレンに対する温情処置を求める声が多く聞こえた。

しかし、アレンの死刑が変更される事はなかった。


2001年1月11日、アレンには致死量の注射による死刑が執行された。

享年41歳。

このアレンによる死刑執行は、2001年当時、黒人女性としては1954年以来、47年振りであり、また、女性としては6人目の死刑執行であった。

更に、オクラホマ州としては女性が死刑になったのは1903年以来、およそ100年振りの事であった。



∽ 総評 ∽

同性愛のガールフレンドを2人殺害したアレン。

2回共口論から殺人に至っているが、その行動はあまりに短絡的過ぎる (アレンのIQではそのようなものかもしれないが) 。

同性愛という通常と異なる恋愛の為、嫉妬や執着等が余計強くなってしまうのかもしれない。

アレンは12歳の時に車に轢かれ、14歳の時にはこめかみを刺されるという事故に見舞われている。

これらの事故によりアレンは脳に障害を負った可能性は否定出来ない。

また、アレンはIQも70に満たなく、正直1人でまともに生きて行くのはかなり困難なレベルだ。

アレンは服役中にキリスト教に改心し、その事で温情処置を求める声が世間から届いた。

以前にも何人かそういう人物を紹介してきたが、そんな事でいちいち刑を変更していたらそれこそ法律の意味がなくなってくる。

個人的意見だが、刑務所の中でキリスト教等に改心するというのは、自身の為としか思えず、冷たい人間だと思われるかもしれないが、全く同情や温情を感じない。

ただ、アメリカは日本に比べて死刑判決が下され、死刑執行数も日本より遥かに多い。

そんなアメリカでも女性への死刑執行はこのアレンですら当時で6人目であった (死刑判決を下された女性は沢山いる) 。

女性への死刑執行というの流石のアメリカでも躊躇ってしまうものなのだろうか。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 2人

《犯行期間:1981年6月29日、1988年12月2日》