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アンドレイ・チカチーロ (ロシア)
【1936 ~ 1994】



1990年11月13日、チカチーロはスベータ・コロチック (22歳♀) を殺害すると、腹を切り裂いて胃と腸を引き摺り出し、乳房と舌を食べた。

実はこのコロチック殺害の1週間前、チカチーロは職務質問されており、その時は解放されたものの、警察はその様子に怪しさを感じていた。

そして、ロストフ警察は全職員に対し
「全ての捜査官はノヴォチェルカスクに住むアンドレイ・ロマノヴィッチ・チカチーロに対する96時間の厳重監視体制を行うこと」
と通達する。


同年11月20日、チカチーロは公園でアイスクリームを買い、子供に上げようとすると、ベンチに座っていた男が立ち上がり、チカチーロに近づいた。

「何でしょう?」

とチカチーロは笑いながら男に話し掛けると、複数の男がチカチーロの周囲を囲んでいた。

そして、男が逮捕状をチカチーロに提示すると、チカチーロは名前を告げて素直に逮捕された。


その後、18ヶ月の拘留期間でチカチーロはこれまでの殺人を自供する。

チカチーロは53人の殺害を認めたが、その後の捜査では52人までしか確認出来なかった。


1992年4月14日、チカチーロの裁判が開かれた。

傍聴席には多くの犠牲者の遺族が集まっていた。

遺族の報復を避ける為、チカチーロは法廷に現れる際、檻の中に入れられていた。

チカチーロは頭を全て剃られた坊主頭であった。

シラミ予防の為に剃られただけであったが、犯行の内容と不適に笑みを浮かべるチカチーロはまるで悪魔のように見えた。

チカチーロが法廷に現れると、遺族から
「人殺し!」
「人でなし!」
「子供を返して! 」
など数々の罵声が飛び交い、法廷内は異様な雰囲気となった。

しかし、そんな罵声に対しチカチーロは笑顔で声の主に手を振って応えた。

チカチーロの裁判は約半年間続き、法廷に現れる度に奇怪な行動を見せた。

それは突然ウクライナ語で奇声を発したり、傍聴席に向かってパンツを下げ、自慰行為を行うといった異常なものであった。

それらの行為により、チカチーロは精神異常による無罪を狙ったが、それは叶わなかった。


同年10月14日、52件の殺人で有罪判決が下され、チカチーロには死刑が言い渡された。


1994年2月14日、ロストフのドヌー刑務所で銃殺による死刑が執行された。

享年57歳。


≡ チカチーロの発言の数々 ≡

「何故殺すのかと言われれば、捕まらなかったからだとしか言い様がない。とにかく手に触れるもので可能であれば殺すことに躊躇を感じなかった。ある種の義務感さえ芽生えていた」

「その頃 (1983年から1984年かけて) が一番自分でも『脂がのっていた』と思う。どうやったら相手が苦しむのか、次から次へとアイデアが湧いてきて実行するのが追いつかないほどだった。上手く相手に苦痛と恥辱を与える事が出来たなら気持ちはかなり落ち着くのだがそんな事は滅多にない。きっと私の探求心が中途半端な妥協を許さなかったのだろう。この当時は必ず相手の肉を食べる事にしていた。少女の場合は子宮を、少年の場合は睾丸を切り取って噛じったり嘗めたりした」

「あの子 (ベラ・シェフキン) は売春婦で、駅でフラフラしている所を拾った。可愛い顔に似合わず子宮の味は酷かった。腹が立ったから切り取った目玉を肛門に押し込んでやった」

裁判で犠牲者の親が
「この手で残酷な死に方をさせてやりたい」
と涙ながらに発言した際のチカチーロの返答

「お前の息子は俺が口から食って糞に変えてやったよ。もう蠅の餌になったんじゃないか」



∽ 総評 ∽

『The Butcher of Rostov (ロストフの虐殺者) 』『The Red Ripper (赤い切り裂き魔) 』『The Rostov Ripper (ロストフの切り裂き魔) 』『ロシアの食人鬼』等と数々の異名で呼ばれ、最低でも53人以上の女性や少年少女を殺しに殺したチカチーロ。

ロシアの他のシリアルキラー達は、このチカチーロの影響を受けている人物も少なくなく、悪い意味で後世に多大な影響を及ぼした。

チカチーロは自身のコンプレックスにより精神が歪んでしまい凶行に至ったが、虐待と呼べる程の酷い目にはあっていないので、動機としては酌量の余地は微塵もない。

チカチーロは少年少女を分け隔てなく強姦して殺害したが、チカチーロからしてみれば子供であれば性別などどうでもよく、誰でも良かったのかもしれない (好みはあっただろうが) 。

ロシアでは以前に何人も紹介している通り、カニバリズムを得意とする大量殺人鬼が多く誕生している。

その中でも異常性や殺人数、知名度においてチカチーロがダントツで1番であろう。

以前にも何回も言っているが、ロシアは「シリアルキラーというのは民主主義国家が生んだ俗物」という考え方があり、その為、チカチーロが犯行を重ねていた時も連続殺人とは思わず捜査が遅れたり、また、マスコミによる報道も圧力で抑え込んでいた。

その為、国民は対処のしようがなく、ほったらかしになってしまい被害が拡大してしまった。

このチカチーロの凶行がここまで酷くなってしまったのは政府の責任と言っても過言ではないだろう。

ただ、記事には掲載しなかったが、チカチーロは100万人に1人の割合で存在する「非分泌型」であり、これは血中抗原体と本人の血液型が微妙にずれる人間の事で、当時のソ連の血液鑑定の方法ではチカチーロが犯人ではないとされても多少しょうがない部分はあった。

あくまでも個人的見解だが、殺害数や凶悪性、異常性や残酷さなどトータルで考えると、数多存在する歴代シリアルキラーの中でもこのチカチーロはトップクラスの存在と言えるだろう。

また、チカチーロが処刑された1994年は、『ミルウォーキーの食人鬼』ことジェフリー・ダーマーや『殺人ピエロ』ことジョン・ゲイシーが亡くなった年でもあり、シリアルキラー界では節目の年と言えるかもしれない。



* 追伸 *

ブログ開設2周年を記念して、4日間に渡りロシアが誇る最凶のシリアルキラーを掲載してきました。

実は2周年記念では別のシリアルキラーを掲載する予定だったのですが、チカチーロが今年で丁度生誕80年という事で、それを記念して急遽チカチーロ掲載に至りました。

著名なシリアルキラーを掲載するのは、私のブログらしくはないので、この4日間は楽しくなかったかもしれませんが、明日からはいつも通りに掲載していきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

4日間もお付き合い頂き、誠にありがとうございました。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★★
・残虐度 ★★★★★★★★★★
・異常性 ★★★★★★★★★★
・特異性 ★★★★★★★★★★
・殺人数 53人以上

《犯行期間:1978年12月22日~1990年11月13日》