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ヴェリー・ヘニャンシャー (インドネシア)
【1978 ~ 】



ヴェリー・イダム・ヘニャンシャーは、1978年2月1日、インドネシア・ジャワ島東部ティムール州ジョンバンで生まれた。

ヘニャンシャーは愛情を込めて「ライアン」と呼ばれた。

ヘニャンシャーは2人兄弟の弟であり、兄をアビ・ワジスといった。

父親は砂糖工場で働いている元警備員で、母親は主婦であった。


ヘニャンシャーは子供の頃から男の子にしか興味を示さず、自らドレスアップしダンスを習った。


ヘニャンシャーは高校生になると、精神が不安定になり、わずか1ヶ月で退学し、別の高校に転校する。

だが、新しい高校でも1学期しかもたず、その後、ヘニャンシャーはインドネシアの首都ジャカルタへ移動した。

ジャカルタへ移動したヘニャンシャーは、居住地を転々とし、そこで同性愛にのめり込んだ。


2007年7月、ヘニャンシャーはジョンバンでセティヨ・プラモノ (27歳♂) を殺害する。

ヘニャンシャーはプラモノを実家で殺害し、裏庭に死体を埋めた。


2008年7月12日、南ジャカルタのラグナン動物園付近で、2つのバッグが発見される。

中には7つに解体されたヘリ・サントソ (40歳♂) の死体が入っていた。


同年7月15日、ヘニャンシャーは逮捕される。

逮捕されたヘニャンシャーは、サントソ殺害以外のこれまでの殺害を自白する。

それは2006年からジョンバンで報告があった沢山の行方不明者たちであった。

ヘニャンシャーの自白により、まず老人ホーム付近で4人の遺体が、ヘニャンシャーの自宅裏庭からは6人の遺体が発見された。

ヘニャンシャーによる犠牲者は全部で11人であった。

犠牲者は上記の他ヴィンセンティス・ユドイ・プリヨノ (31歳♂) 、アリル・ソンバ (34歳♂) 、グラディー・グランド・アダムス (30歳♂) 、アウグスティヌス・フィッティーリ・セティアワン (28歳♂) 、ナニ・ハイデヤッティ (31歳♀) とその娘シルビヤ・ラマダーニ・プットリ (3歳。この親子は犯行を目撃した為に殺害された) 、ムハンマド・アコソーニ (29歳♂) 、ザイヌル・アバイヂン (21歳♂) 、ムハンマド・アソロリ (♂) であった。

ヘニャンシャーの犯行の手口は、同性愛者にお金や車と引き換えに自分のボーイフレンドを抱かせてやると嘘をつき、犠牲者がお金や車を払った直後にバールや鈍器で殴って撲殺したのだった。


裁判では検察側は
「彼の犯罪は無慈悲でサディスティックだった」
と、ヘニャンシャーの行いを非難した。

だが、ヘニャンシャーの弁護側は幻覚に悩まされていたと述べ、精神病を訴えた。

しかし、検察側は
「彼は精神病による幻覚に悩まされていたと言っている割に殺人に対して一切の後悔がない。しかも、何度も何度も繰り返し、手口が巧妙でとても精神病とは思えない」
とヘニャンシャーがまともな精神状態であると述べた。


2009年4月6日、裁判でヘニャンシャーには死刑が言い渡された。

死刑が言い渡された際、ヘニャンシャーは穏やかな表情で聞き、法廷から出ると記者に微笑んだ。


最後に死刑判決を言い渡された後のヘニャンシャーの言葉で終わりたいと思います。

「誰でもいつかは死にます。私は準備が出来ています」



∽ 総評 ∽

男性ばかりを標的にして殺害したヘニャンシャー。

ヘニャンシャーはごく普通の家庭に生まれているが、生活環境の詳細がわからず、これほど異常性を身につけたかわからない。

ヘニャンシャーは同性愛者であり、同じ同性愛者をボーイフレンドを餌に吊り、金品を巻き上げた後に殺害した。

ヘニャンシャーが珍しいのは通常、同性愛者の殺人の場合、強姦して殺害するのが通例だが、ヘニャンシャーは強姦目的ではなく金品目的であった。

ヘニャンシャーは子供の頃に同性愛に目覚めているが、恐らく後天性ではなく天性のものだったと思われる。

同性愛自体おかしな事ではないが、ヘニャンシャーの犯行は陰惨て計画的、目撃者親子を容赦なく殺す無慈悲さを示し、その犯行に同情の余地はない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 11人

《犯行期間:2006年~2008年7月12日》