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ウメシュ・レディ (インド)
【1969 ~ 】



ウメシュ・レディは、1969年、インド・カルナータカ州チトラドゥルガ地区で生まれた。


レディは警備員として働いていたが、司令官の家のガードマンをしている時、司令官の娘を強姦しようとする。

しかし、失敗してしまい、司令官にバレた為、警備員を辞めて逃げた。


1996年、レディは司令官の娘を強姦しようした事実を知らない中央予備警察 (CRPF) に就職した。

しかし、警察になる為の訓練中、仲間の運転に腹を立て、暴行事件を犯す。

起訴されたレディだったが、地元の検査官がその暴行を「些細な事」として黙認した為、レディが裁かれる事はなかった。

レディは警察の訓練を完了し、マディヤ・プラデーシュ州に配属となり、その後、地元のカルナータカ州に移動となった。

そして、地元に戻ったレディは殺人を始める。

レディは逮捕されない為に、犠牲者を慎重に吟味した。

レディは夫婦の家に侵入し、夫がいない時間帯の午前11時から午後3時までの間を狙った。

レディは家を訪ねると、水を欲しいと頼み、家の中に侵入した。

家の中に入ると、レディはもっていたナイフで女性を脅し、服を脱がせその服で体を拘束すると強姦した。

また、首を絞めて窒息させ、意識不明にしてから強姦した事もあった。

そして、散々強姦して満足した後、犠牲者を殺害して家の物を盗んだ。

更にレディは犠牲者の下着も盗んで逃走した。


同年11月、レディは女子高生 (16歳) を強姦しようしたが、女子高生は石でレディを殴り逃走、強姦は失敗に終わる。

しかし、諦め切れないレディは、同年12日6日、女子高生の家を探り当て、家に戻って来た所を襲い、強姦した後、ロープで首を絞めて殺害した。


1997年1月、レディに女子高生殺害の疑惑の目が向かれ、レディはすぐに警察を解雇される。

レディは殺人を含む4件の罪で起訴され、拘留される。

裁判で裁判官はレディをベッラーリ刑務所に収監するよう命じた。


同年3月、レディがベッラーリ刑務所に収監される為、レディを刑務所に引き渡す時、隙を見て逃走する。

逃走中、レディは所得税役員の妻とその娘、そして、未亡人女性とその娘を殺害した。


ある時、レディはある家に侵入し、女性の下着を盗んでいる。


同年7月7日、レディはピーンヤ警察によって下着を盗んだとして逮捕された。

警察がレディの部屋を捜査すると、大量の女性の下着を発見する。

逮捕された際、レディは『ラメーシュ』と名乗っていた。

しかし、逮捕されたレディだったが、24時間以内に逃走した。

警察は再びレディに逃げられた事を恥と考え、当初はレディの逃走を揉み消そうとした。

しかし、それは世間にバレてしまい、2人の警官が停職処分となっている。


1998年2月28日、レディはピーンヤで未亡人ジャヤシュリー・マラディ・サッバイヤ (37歳♀) を繰り返し強姦し、殺害する。

サッバイヤの息子シュレシュ (8歳) が学校から帰って来て母親の死体を発見する。

すると、家の中にはまだレディがおり、シュレシュはレディと遭遇する。

レディはシュレシュに母親を殺害したのは悪魔であり、悪魔がサッバイヤの体内に侵入したと話した。

そして、レディはサッバイヤを縛り、医者を呼んだとシュレシュに話し、その場から去った。


その後、レディはピーンヤで女性を襲うが、女性の抵抗に遇い、逃走する。

襲われた際、女性は叫び、レディは女性の家の窓から逃走しようとするが、その時に足を捻挫してしまい、女性の叫びで駆けつけた隣人によって捕まってしまう。

そして、そのまま警察に身柄を預けられた。


1999年、レディはハイアーカーアーの近くで警察の拘留から逃走した。

しかし、カルナータカ州チッカバラプラでレディは逮捕された。


2002年3月3日から4日の夜にかけて、レディはベッラーリからバンガロールへ移送される事となった。

その途中、レディは警官にラムやチキンを奢って信頼を得た。

そして、レディを乗せたバスがハイリユール・バイパスの近くで止まり、レディは警官に手錠を外すよう頼んだ。

すでにレディの事を信頼していた警官は、言われた通りレディの手錠を外すとすぐに逃走した。


逃走してから2ヶ月間、レディはカルナータカ州ダバンゲレやフブリ、プネーで3人の女の子を強姦し、殺害する。

レディは犠牲者から3台の携帯電話とクレジットカードを盗んだ。

また、レディはプネーでホテルのウェイターとして働いていた。

しかし、ホテルで現金と服を盗んだのがばれ、レディはカルナータカ州ダーワッドへ逃走した。


同年5月17日、レディはカルナータカ州トゥムクルからバンガロールに到着し、レディは荷物をヨシュワンスプール駅に荷物預り所に預けた。

そして、レディは髪を切りにサロンを訪れると、それを見ていた人力車のドライバーがレディの姿を確認する。

この時、すでにレディの顔は新聞でも掲載されており、ドライバーは警察に通報する。

そして、サロンから出てきたレディを尾行し、シャリエフ・ナーガルの近くで逮捕した。

逮捕されたレディは、警察署まで連行されるまでの間、これまでの連続殺人を認めた。

結局、レディによる被害者は全部で18人に及んだ。

また、逮捕された際、レディは女性の下着 (ブラジャーとパンティ) を身に付けていた。

更に、駅に預けたレディの荷物のバッグからは、いくつもの女性用衣類、18対のブラジャーとパンティ、10枚のブラジャー、8着のチュリダルス (インドの男女が着用する細身のズボン) 、6着のサリー (インド・ネパール・スリランカ・バングラデシュ・パキスタンなど南アジア地域の女性が着用する民族衣装) 、 4着のブラウス、2着の寝間着が入っていた。

警察はレディを見つけ通報したドライバーに2万ルピー (約5万円) の報奨金を渡した。


裁判でレディは9件の罪で有罪判決が下された。

しかし、他11件に関しては証拠不十分の為、無罪となった。

そして、レディには死刑が言い渡されたのだが、レディの母親が法廷に立ち、レディが家が貧しかった為、勉強して偉くなり、母親の世話をしたかったと言っていた事を涙ながらに語り、裁判官に慈悲を求めた。

だが、裁判官は情に流される事はなく、レディの判決については高等裁判所に持ち越された。


2007年10月4日、カルナータカ高等裁判所もレディに有罪判決を言い渡したが、死刑判決を覆した。


2011年2月1日、結局、レディの判決は最高裁判所まで持ち越され、最高裁でレディは死刑が言い渡され、刑が確定した。

最高裁の裁判官は
「彼はすでに更生の可能性がなく、彼の強姦と殺人は非常に珍しく恐ろしいものである」
と語った。

しかし、レディはインド大統領に恩赦の嘆願書を提出した。


だが、2013年5月12日、インド大統領がレディの嘆願書を拒絶した。

余談だが、このレディ事件は2013年に小説化され、映画化もされている。



∽ 総評 ∽

18人の女性を強姦して殺害したレディ。

レディは若い女性や女の子を狙い、強姦して殺害し、金品を盗んだ。

以前にも何人も紹介したが、インドの殺人には貧困が付きまとい、必ずと言っていいほど金品を盗んでいる。

これは中国の殺人鬼とも共通するが、インドの場合は更に強姦もセットとなる。

また、レディは1度強姦し損ねた相手を深く探しあて、強姦して殺害するという執念深さを見せた。

何度も警察から逃走したレディだが、正直こう何度も逃走されるというのは、警察のずさんな管理体制を疑うしかない。

インドではよくある事だが、犠牲者からしてみればたまったものではない。

散々自身の欲求を満たしておいて、死刑を回避する為に大統領にまで嘆願書を送るという往生際の悪さを見せた。

何人も強姦して殺しておいて、その図々しさだけは認めざるを得ない。

レディの母親は法廷で情を訴えたが、自分の子供が18人も殺しておいてよくそんな事を遺族の前で言えたなと思う。

所詮「この親にこの子あり」である。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 18人

《犯行期間:1996年~2002年5月》