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ポール・デンヤー (オーストラリア)
【1972 ~ 】



ポール・チャールズ・デンヤーは、1972年4月14日、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の州都シドニーで生まれた。

父をアンソニー、母をモーリーンといい、両親共にイギリスからの移民であった。

両親がイギリスからオーストラリアに移住したのは1965年であった。


デンヤーは幼少の頃、転倒して頭部を損傷した。


1981年、一家はビクトリア州へ引っ越した。


デンヤーは10代の頃、体重が増加し、その事をからかわれ、友人があまり出来なかった。

ただ、デンヤーは同級生にペンを無理やり飲ませたり暴行した。

また、デンヤーは猫を虐待するようになり、木の枝で刺したりした。


1993年6月11日、エリザベス・スティーブンズ (18歳♀) は、ロイド公園でバスを降りた。

その直後、デンヤーはスティーブンズを拉致し、ナイフで喉を切って殺害する。

その後、胸を十字に切り裂いた。


同年7月、デボラ・フレーム (22歳♀) は、車でミルクを買う為に店に向かうと、急いで店内に向かった為、車に鍵を掛けるのを忘れてしまう。

その間、デンヤーは車の後部座席に侵入し、フレームが車に戻って来ると脅して車を走らせた。

そして、テイラー通りへ走らせると、スティーブンズ同様フレームの喉を切って殺害する。

フレームには生後12日の赤ん坊がいた。


フレームを殺害した日の夕方、シーフォード駅から徒歩で帰宅途中のローザ・トート (♀) が、デンヤーによって襲われる。

しかし、トートはデンヤーの魔の手から辛くも逃げ切る事ができ、すぐに警察に駆け込んだ。


同年7月30日、学校から帰宅途中のナタリー・ラッセル (17歳♀) がデンヤーに襲われる。

しかし、ラッセルは必死に抵抗した為、デンヤーは怒り、ラッセルの頭と首を滅多刺しにした。

ラッセルの死体の損傷は、これまで殺害された3人の中で最も酷い状態であった。


トートからデンヤーの特徴を聞いた警察が捜査を進めており、ラッセル殺害の翌日の31日、デンヤーは逮捕された。


逮捕されたデンヤーは、殺害動機を女性に対する憎しみだと述べた。

また、1990年、サラ・マックディアミッド (♀) が行方不明となっており、警察はマックディアミッドの失踪にもデンヤーが関与していると見ていたが、デンヤーは否定した。

更に未解決事件となっているミシェル・ブラウン (♀) 殺害についても類似点が多く、デンヤーによる犯行の可能性が示唆された。


1993年12月20日、裁判でデンヤーには終身刑が言い渡された。

刑務所に入ったデンヤーは、突如女性に目覚め、化粧品を購入し、使用する許可を求めたが拒否された。

また、デンヤーは性転換手術に関する情報の提供を政府に申請するが、それも拒否されている。


最後に逮捕後、警察に動機を聞かれた際のデンヤーの言葉で終わりたいと思います。

「私は女性全員が嫌いです」



∽ 総評 ∽

『The Frankston Serial Killer (フランクストン連続殺人鬼) 』と呼ばれ、女性ばかり襲い切り殺したデンヤー。

デンヤーは若い女性ばかりを殺害したが、強姦を一切行っていない。

殺害動機を女性を憎んでいたからと発言している為、本当に心の底から憎んでいた為、強姦しなかったのかもしれない。

ただ、男性のシリアルキラーが女性を殺す場合、ほとんどが強姦を行っており、性的動機を含んでいないというのは非常に珍しい。

一夜にして看護師8人を強姦して殺害したリチャード・スペックも、刑務所に入ってから女性ホルモンを投与し、乳房も膨らんで女性に近づいた。

デンヤーは強姦を行っていなく、異常に女性を憎んでいる事から、自身が女性として生まれてこなかった恨みを晴らしていたのではないだろうか。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 3人
(他負傷者1人)
《犯行期間:1993年6月11日~同年7月30日》