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アンティ・タスキネン (フィンランド)
【1976 ~ 】



アンティ・オラヴィ・タスキネンは、1976年、フィンランドで生まれた。


1996年8月、タスキネンはフィンランド・タンペレで、20歳の学生を殺害する。

タスキネンは Dolcontin (モルヒネ) を多量に与えて殺害した。


1997年2月、タスキネンは同じくタンペレで30歳の男性を殺害する。

男性の検死の結果、血液の中から大量の Abalgin (デキストロプロポキシフェン) が検出された。


2005年11月、タスキネンはフィンランド・ヘイノラで、マルック・ヘイモ・ユハニ・フランシラ (54歳♂) を殺害する。

フランシラは会社を経営するお金持ちで、ヘイノラに別荘を持っていた。

そして、その別荘で殺害された。

フランシラも Abalgin の過量により死亡した。


2006年1月、タスキネンはフランシラ殺害で逮捕される。

フランシラ殺害の動機だが、タスキネンはフランシラの財産目当てであり、それを狙っての犯行である事が判明した。

また、他2件の殺害についてもタスキネンに容疑が及び、起訴された。

20歳の学生殺害に関して地方裁判所では加重過失致死とされたが、控訴裁判所で覆った。

また、30歳の男性に関しては、タスキネンは同意のもと殺害したと供述した。

地方裁判所では男性の遺言書も提示された。


同年5月31日、タスキネンは加重過失致死と殺人により終身刑が言い渡された。

タスキネンは判決を不服とし、すぐに上訴した。


2007年2月、タスキネンの弁護側は、被害者たちの死が薬物によるものであると断定出来ないと主張した。


同年5月、タスキネンは更に最高裁判所にも上訴を試みるが、控訴は棄却された。

これによりタスキネンの刑が確定した。


更にタスキネンは当時のフィンランド大統領タルヤ・ハロネンに恩赦を求めるが、同年7月に拒絶されている。



∽ 総評 ∽

Dolcontin や Abalgin を大量に与えて3人毒殺したタスキネン。

有名な毒殺魔といえば、ウィリアム・パーマーやグレアム・ヤングなどいるが、基本的には女性が殺人を行う際に毒物を使用する事が多い (女性の場合は快楽というより効率的かつ効果的な方法の為に使用する事が多い) 。

シリアルキラーの中でも毒殺魔というのは少し特殊な部類で、一見知的で頭が良い人物が多いが、性格は陰湿で陰険な人間が多い。

また、毒殺魔はヤングもそうだが、早熟の場合が多く、子供の頃に毒物に魅入られる事が多い。

毒殺の非情な所は、被害者が気づかない内に毒を少しずつ盛られ、気づいた頃には死んでいる、または、中途半端に生き残ってしまい、重度の後遺症が残るという事も多々見られるという所だ (逆を言えば毒を盛られていると気づいてないので本人からしてみれば非情ではないかもしれないが) 。

また、ヤングのように毒を微量に盛り、徐々に弱っていく姿を観察するという一息に殺すよりも更に悪質で陰湿な方法で犯行に及ぶ事もあり、誠に恐ろしい殺害方法と呼べるだろう。

更に、毒殺というのは広範囲に渡り無差別に行う事もあり、被害が甚大になる事も多い。

しかも、毒殺というのは犯行が長期間に及び犠牲者も増える傾向にある。

毒殺というのは検死が発達した現在では簡単に発見されるし、薬物の特定も容易であるが、犯人特定は非常に難しい。

現に、接点のない前者2人の時は逮捕される所か容疑者にすら入っておらず、捕まったのも知人を殺害した為だ。

個人的には一思いに殺害するより恐ろしく残酷だと思う。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 3人

《犯行期間:1996年8月、1997年2月、2005年11月》