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ピーター・トービン (イギリス)
【1946 ~ 】



ピーター・ブリトン・トービンは、1946年8月27日、スコッランド・レンフルーシャイアのジョンストンで8人兄弟の2番目として生まれた。

トービンの父は市役所の職員で、母親は主婦であった。


1953年、トービンは子供の頃から素行に問題があり、 トービン7歳の時、矯正施設に入れられる。

その後、施設を出た後は、普通の学校に通った。


1969年、トービン22歳の時、タイピストのマーガレット・ルイーズ・ロバートソン・マウントニー (17歳♀) と出会い交際する。


その後、同年8月6日、トービンはマウントニーと結婚し、サセックスに引っ越した。

しかし、結婚後、トービンはマウントニーを家庭内で監禁しては暴力を振るった。

そんな家庭内暴力が過激さを増していく。


ある日、マウントニーが家に帰ると、トービンは飼っていた子犬を殺し、首を切断して待っていた。

驚いたマウントニーをトービンはナイフで刺し、強姦して家を出て行った。

隣人が激しい物音にマウントニーの部屋に駆けつけると、血が一面に滴り落ちていた。

隣人がすぐに救急車を呼び、マウントニーは一命を取り留めたのだが、もう少し救急車を呼ぶのが遅れたらマウントニーは間違いなく死んでいた。

マウントニーは怪我で数週間入院するが、言ったら何をされるかわからないと、警察に被害届を出さなかった。


1970年、トービンは強盗と偽造の罪で有罪判決を受け、刑務所に収監される。


これを期にマウントニーは離婚に踏み切り、1971年、トービンが収監中に離婚が成立する。


1973年、トービンが刑期を終えて出所し、この年、トービンは地元の看護婦シルヴィア・ジェフリーズ (30歳♀) と出会い、結婚する。

結婚後、トービンは下水溝の工事をする仕事に就く。

夫婦には息子イアンと娘デイジーが生まれるが、デイジーは生まれてすぐに亡くなった。

しかし、相変わらずトービンの暴力は苛烈さを増しており、ある時はジェフリーズの首を絞めて本気で殺そうとした事があった程であった。


結局、結婚生活はわずか3年で破綻し、1976年、ジェフリーズはイアンを連れ、逃げるように家を出て行った。


1986年、トービンはキャシー・ウィルソン (15歳♀) と交際し、1987年12月、未婚のまま息子が生まれる。


1989年、トービンはウィルソンと結婚する。


1990年、トービンとウィルソンはウェスト・ロッジへ引っ越す。

しかし、ウィルソンは度重なるトービンの暴行に耐えられなくなり、同年ハンプシャー州ポーツマスに逃げ戻る。


1991年2月10日、リヴィングストンのバス停でバスを待っていたヴィッキー・ハミルトン (15歳♀) が、バスを待っている姿を最後に行方不明となる。

警察はすぐに捜査を開始するが、結局、ハミルトンを発見する事は出来なかった。


1991年8月5日、ダイナ・マクニコル (18歳♀) が行方不明となる。

マクニコルは男友達とヒッチハイクで帰る途中、車を降りたのが最後に確認された姿であった。

マクニコルもハミルトン同様、結局行方はわからなかった。


1993年、トービンはウィルソンと離婚する。


同年8月4日、トービンは自身が住むアパートの隣人を訪ねに来た少女2人に声を掛ける。

少女たちが訪ねた隣人は不在であり、トービンは言葉巧みに少女たちを自室に連れ込んだ。

そして、部屋に連れ込んだ少女2人をナイフで脅して無理やり酒を飲ませた。

大量の酒を無理やり飲ませた為、少女たちは泥酔し、それを見計らってトービンは2人共々強姦した。

その後、トービンは酩酊している少女たちを殺害する為、ガスの元栓を開け、部屋を出た。

少女たちが一酸化炭素中毒で死ぬ事を目論んだが、少女たちは自力で脱出し、警察に駆け込んだ。

トービンは逃走するが、すぐに逮捕される。


1994年5月18日、トービンは少女に対する強姦の罪で14年の禁錮刑が言い渡された。


2004年、トービンは刑期を終え出所した。


2006年9月、トービンはグラスゴーのセント・パトリック・ローマカトリック教会で雑務の仕事に就く。


同年9月24日、ポーランドからやって来た留学生アンジェリカ・クルック (23歳♀) が行方不明となる。

クルックはトービンと一緒にいた姿を最後に姿を消したのだった。

トービンはクルックを拉致すると殴り、強姦した後、刺し殺した。

死体を自身が働く教会の地下室に隠した。


しかし、同年9月29日、警察がクルックの死体を発見し、同年10月3日、トービンはロンドンで逮捕された。

逮捕されたトービンは他にウィルソンとハミルトン殺害を認めた。

また、検死の結果、クルックは地下室に閉じ込められた時にはまだ生きていた事が判明した。


2007年5月4日、裁判でトービンには終身刑が言い渡された。


トービンに終身刑が言い渡された後、同年6月に、トービンが以前住んでいた家の裏に埋めたウィルソンの死体が発見される。

ウィルソンはシートに包まれており、シートからトービンの指紋が見つかり、ウィルソンの財布からはトービンのDNAが検出された。


同年11月16日、ハミルトンの死体がウィルソンの死体の近くから見つかった。

ハミルトンは死後、トービンによって口座から現金が引き出されていた事が判明した。


トービンは心理学者で犯罪学者のデービッド・ウィルソン教授に、
「病的なまでの精神異常者」
というレッテルを貼られている。



∽ 総評 ∽

若い少女ばかりを狙い強姦して殺害したトービン。

トービンは生粋のサディストであり、歴代の妻たちに対しても異常なまでの暴行を加えた。

以前にも言ったが、こういうサディストの異常者というのは、女性をたらしこむ能力だけは何故か高い。

単純に女性に男の見る目がないだけなのか、男性がわからないように上手く隠すからなのか、とにかく女性を次から次へとものにしている。

心理学者の言葉をかりるまでもなく、トービンはサイコパスであり、正直、世の中に放ってはいけない存在である。

なぜ、トービンがここまでの異常者になったのかよくわからないが、子供の頃からすでに異常だったので、元々脳に異常があったのかもしれない。


 
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 3人
(他強姦多数)
《犯行期間:1991年2月10日、同年8月5日、2006年9月24日》