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ベラ・レンツィ (ルーマニア)
【1895? ~ ?】



レンツィは1895年 (1903年という説もあるが、レンツィの犯行期間を考えればこの年の誕生はかなり微妙である) 、ルーマニアの首都ブカレストで生まれた。

レンツィの両親は代々続く貴族の末裔で、ブカレストの古城に住む大金持ちであった。

レンツィは1人娘だった為、甘やかされて育てられた。


レンツィ13歳の時、母親が死んでしまい、父親と共に北ユーゴスラビア (現、セルビア北部) のヴォイヴォディナ自治州ズレニャニンに引っ越す。

そこでレンツィは寄宿学校に通うようになる。


しかし、レンツィ15歳になる頃には男性を次から次へとかえるようになり、父親はそんなレンツィに手を焼くようになる。

レンツィの交際相手は大抵が年齢が相当離れた男性であった。

また、レンツィは性欲が異常で、それに耐えきれなくなった男性が逃げるようにレンツィから離れて行った。

レンツィの幼なじみアーリーによると、レンツィの性欲は病的であり、非常に嫉妬深く疑り深い性格であったという。


レンツィ19歳の時、カール・シックという裕福なオーストリアの銀行家の男性と初めての結婚をする。

レンツィはロレンゾという息子を生むが、レンツィはシックの浮気を疑うようになる。


ある日の夜、レンツィは嫉妬から来る怒りでシックの飲むワインにヒ素を混入する。

シックはこのヒ素で死ぬ事はなかったが、シックはレンツィと一緒に暮らしていけないと、家を出て行った。

レンツィは家族や友人、隣人にはシックが自分達を捨てて出て行ったと話していた。

しかし、シックは別居中に死亡 (自動車事故?) している (レンツィによって殺害されたという説もある) 。


その後、レンツィはすぐに年齢の近い男性と再婚する。

しかし、再婚相手が浮気を始め (あくまでもレンツィの発言であり、嫉妬に狂っていたレンツィの狂言の可能性が高い) 、それにレンツィは怒りを露にする。


そして、結婚生活を数ヶ月続けた後、男性が姿を消した。

レンツィは夫が居なくなった理由を友人や家族に自分を捨てて出て行ったと説明した。


2度目の結婚後、レンツィは再婚する事はなかったが、レンツィは狂ったように様々な男性を家に誘い込むようになる。

相手は若者や高齢者、妻帯者など様々であったが、それらの男性たちは数週間で姿を消した。


1920年代、最後に家に連れ込んだ男性は既婚者であり、妻が夫を怪しみ、夫の後をつけた。

すると、レンツィの家に夫が入って行き、その後、2度と夫の姿を見る事はなかった。

その妻は夫が失踪したと警察に通報し、レンツィの家に入って行った事も告げる。

警察はすぐにレンツィの自宅を捜索すると、そのあまりの光景に唖然とする。

ワインセラーである地下室に、32もの棺桶が並べて置いてあり、その中には埋葬されていない死体が置いてあったのだ。

レンツィはすぐに逮捕されると、レンツィは自分を (不貞行為により) 裏切った男たちをヒ素により次々と毒殺した事を認めた。

またレンツィは2人の夫と息子ロレンゾ殺害も認めた。

息子ロレンゾ殺害理由は、棺桶を見られたからであり、ロレンゾが棺桶の事を警察に告げると言った為、殺害に至ったのであった。

レンツィは夜な夜なローソク片手に地下室へ赴き、肘掛けの椅子に座り、棺桶を1つ1つ開けて死体を見て悦に浸っていた事もわかった。


裁判でレンツィは35件の殺人で有罪判決となり、終身刑が言い渡された。

そのまま獄中で死んだと言われているが、何年にいくつで死んだのか詳しくはわかっていない。


2005年、ディスカバリー・チャンネルでレンツィが取り上げられ、FBI捜査官で犯罪のプロファイラーによると、レンツィの犯行は「脅迫観念」によるものとされ、
「彼女は純粋に愛を探していた」
と結論づけた。


最後に逮捕後の警察の取り調べで、殺害動機について語ったレンツィの言葉で終わりたいと思います。

「この男たちが私を抱いた腕で、別の女を抱くのではないかと思うと、たまらなかったのです」



∽ 総評 ∽

男性を家に連れ込んでは次々と殺害していったレンツィ。

その動機は嫉妬であり、女性の殺人動機としてはよくある事で珍しくもない。

だが、それで35人も殺害しており、レンツィは嫉妬殺人の中でもトップクラスの異常さと言っても差し支えないだろう。

レンツィは殺害方々にヒ素を用いているが、毒殺というのは非力な女性の殺害方法としては理に叶っており、最も効率のいい方法と言える。

また、夜な夜な死体を見て悦に入っている所を見ると、レンツィはネクロフィリア (死体愛好) とも言えるだろう。

レンツィの犯行が行われたのは今から100年ほど前であり、正直、犯行自体は誇張されたり曖昧になっていたりかなり微妙かもしれない。

ただ、それを差し引いてもこのレンツィの事件はかなりの衝撃的事件と呼べる。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★★☆☆
・殺人数 35人

《犯行期間:1910年代~1920年代》