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徐 小明 (シュ・シァォミン 中国)
【1971 ~ ?】



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胡 志雄 (フー・ヂーシィォン 中国)
【1972 ~ ?】


彭 碧蓉 (ポン・ビーロン 中国)
※写真奥の眼鏡を掛けた女性
【1988 ~ 】


魏 先発 (ウェイ・シィェンファ 中国)

廖 華春 (リィァオ・ファチュン 中国)

江 海輝 (ジィァン・ハイフゥェイ 中国)

肖 成和 (シァォ・チォンフェア 中国)



2011年2月19日、邵剣平 (シャオ・ジィェンピン♂) が殺害される。


同年3月、邵剣平殺害で逮捕されたのは、徐小明と、その恋人彭碧蓉 (22歳♀) 、胡志雄 (38歳♂) 、そして、魏先発、廖華春、江海輝、肖成和ら9人であった。

徐らは邵を恐喝し、包丁で滅多刺しにして邵の死体をバラバラに解体して捨てたのだった。

邵殺害の動機だが、彭は2010年10月1日当時、彭は長沙市の病院に看護師の実習生のして勤務していた。

この時、彭は徐ではなく後に殺害する邵剣平と交際していた。

邵の家は裕福であったが、彭は徐と出会うとその容姿と爽やかな弁舌に惚れ、三角関係となる。

邵は経済的に徐に勝っており、それを彭に主張するが彭は徐を選んだ。

彭は邵に別れを告げるが、別れたくない邵は20万元 (約240万円) を与え、金銭で釣ろうとする。

その事に徐は怒り、 邵に対して殺意を覚えたのだった。


逮捕された徐らは1998年から2011年までの13年間で実に11人殺害していた事が発覚する。

徐らは殺人後、死体をバラバラにして粉々にし、遺棄していた事が判明する。

そして、徐らは被害者から総額約100万元 (約1200万円) の資産を強奪する。

また、それらのお金を自動車や不動産に換金していた。

主犯格の徐は湖南省茶陵県株洲市出身で、ビルマ (現ミャンマー) で傭兵として働いた。

その後、徐は中国に帰国するが、帰国後、見るもの全てを殺したいと考えるようになる。


1992年、徐は21歳の時、初めて人を殺した。

相手はパン粉を売っている商人で、殺害後、パン粉を奪って売り捌いた。

この殺人で徐は、人のお金は全て自分のものだと考えるようになる。


1993年に窃盗で捕まり、その後、2年間服役する。


2001年にも窃盗で逮捕されているが、この時にはすでに殺人を行っていた。

しかし、徐は窃盗の罪のみで服役し、後に釈放される。

その後、胡志雄らと出会い、犯行に及ぶようになった。


裁判で徐は殺人と強盗、銃の不法所持等で起訴された。

徐は裁判官からその犯行を「悪魔の所業」と痛烈に非難された。

徐の彼女である彭は裁判の被告席に立つと、美しい長髪の黒髪をなびかせ、甘い声に黒縁の眼鏡を掛けたその姿は瞬く間に話題となった。

彭は邵殺害及び死体損壊には参加していなく、強盗の罪でのみ起訴された。


2012年8月30日、徐は殺人と強盗、銃の不法所持等で有罪判決となり、死刑が言い渡された。

死刑を言い渡された際も徐の表情は終始穏やかであった。

胡志雄にも同じく死刑が、彭には懲役4年が言い渡された。


最後に逮捕直後、記者に
「何故、これほど記者が多いかわかりますか?」
と問われた際の徐の言葉で終わりたいと思います。

「沢山多くの人を殺したからだと思います」



∽ 総評 ∽

『悪魔』と呼ばれ、集団で11人殺害した徐小明たち。

徐らは9人で殺人に及んだが、以前掲載した『至尊派事件』も6人で犯行に及んでいた。

詳細がない為、徐と彭以外の共犯者達とどのように知り合いいつから行動を共にしていたかわからない。

ただ、事件の割に情報が少なく、徐や胡以外の共犯者達がどのような刑に処されたか詳しくわからない。

また、死刑判決から3年以上経っているので、中国の死刑執行の早さを考えればすてに執行されていてもおかしくないが、「死刑判決が下された」とまでしか情報がなく、実際執行されたかわからない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 11人以上

《犯行期間:1992年、1998年~2011年》