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ベイリー・クラリキ (ニュージーランド)
【1989 ~ 】



ベイリー・ジュニア・クラリキは、1989年5月15日、ニュージーランドで生まれた。

クラリキはローレイン・ウェストという母親がいたが、クラリキは「Child, Youth and Family (子ども青少年家庭局) 」に保護される事となった。

しかし、クラリキは5歳の時に逃亡した為、学校に行った事はほとんどなかった。


2001年9月、クラリキはパパクラでピザの配達人マイケル・チョイを殺害する。


チョイ殺害から数日後、クラリキは警察に尋問され、クラリキは殺害を白状した。


裁判でクラリキは 有罪判決が下されたのだが、この時、クラリキは12歳と252日であった。

これはニュージーランドで1977年に少年法が改正され、10歳以上であれば殺人、または過失致死で起訴する事が出来るようになって以降、最年少の記録であった (余談だが過失致死で起訴された少年はクラリキを含め何人もいたが、殺人で起訴されたのは数人であった) 。

クラリキは年齢が考慮され、懲役7年が言い渡された。


クラリキは刑務所に収監後、事件を反省し、模範囚として過ごし、周囲から「生まれ変わった」と思われた。

その後、クラリキは仮釈放された。


2011年、クラリキは家庭内暴力で告訴され、有罪判決が下された。

クラリキには懲役14ヶ月が言い渡された。


最後にクラリキが家庭内暴力で告訴され、裁判に挑んだ際に言った言葉で終わりたいと思います。

「私は純真に黒い人間です」



∽ 総評 ∽

わずか12歳という年齢で殺人を行ったクラリキ。

この12歳という年齢は前述したとおり1977年の法改正以降、ニュージーランドでは最年少の記録であった (あくまでも過失致死や殺人で起訴された場合) 。

ただ、詳細がないという事もあり、クラリキの動機や殺害方法がよくわからない。

相手がピザ配達人という事で、クラリキよりもかなり年上だった事は間違いなく、そんな力の差がある相手を殺すとなると、不意をついて刺殺するか銃による射殺くらいしかないだろう。

クラリキは模範囚として過ごし、生まれ変わったとまで言われたが、釈放後、暴力で訴えられた。

結局、異常者というのはそう簡単に変わらないという事だろう。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★★☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:2001年9月》