クリスティーナ・フェターズ (アメリカ)
【1980 ~ 2014】
クリスティーナ・ジョイ・フェターズは、1980年2月5日、アメリカ・アイオワ州で生まれた。
フェターズは子供の頃から精神が不安定であり、1994年1月、 13歳の時にアイオワ州デモインにある施設に入れられた。
フェターズは施設で治療の為にプロザック (別名フルオキセチンといい、アメリカの会社が発売している薬。鬱病や強迫性障害、摂食障害の患者に使用され、日本では未承認の為、購入不可) を投与された。
同年10月25日朝、フェターズは施設でのルームメイトであるジーニー・フォックス (♀) と、施設から脱走した。
フェターズらが向かったのはアイオワ州北ポーク郡に住むフェターズの大叔母アーリーン・クレム (73歳♀) の家であった。
クレムの家に向かった理由は、クレムを「殺す」為であった。
フェターズはフォックスと共に、施設にいた時からクレム殺害を計画していた。
ヒッチハイクでクレムの家に到着したフェターズとフォックスは家に入ろうとするが、先客がおり、その訪問客が帰るまで待つ事にした。
訪問客が帰った後、家に侵入したフェターズとフォックスはキッチンに向かった。
フェターズはフライパンと果物ナイフを手に取ると、クレムの頭部にフライパンで殴りかかり、倒れたクレムの喉を果物ナイフで切り裂こうとする。
しかし、上手くいかなかった為、背中を刺して殺害した。
その後、フェターズとフォックスは家にある車に乗って逃走しようと考えるが、鍵を見つける事が出来なかった。
その為、2人はクレムの家にしばらく留まる事となった。
しかし、通報によりクレムの家に警察が駆けつけると、警察はクレムの死体を発見し、その場にいたフェターズとフォックスも逮捕された。
逮捕されたフェターズはクレム殺害を自供した。
フェターズは事件当時14歳という年齢であったが、事件の重大さから成人と同じ扱いとされ、少年裁判所ではなく、通常の地方裁判所へ移送された。
1995年12月18日、裁判でフェターズには仮釈放のない終身刑が言い渡された。
フェターズはわずか14歳という年齢にもかかわらず終身刑が言い渡されたが、これは女性に下されたものとしては、アイオワ州史上最年少の記録となった。
フェターズは判決後、アイオワ州にある矯正施設に入れられ、刑に服する事となった。
だが、この判決はフェターズの年齢がまだ14歳であった事、フェターズが精神的に問題があった事などから物議を醸した。
その為、2008年と2010年にフェターズの終身刑に対する減刑を求める裁判が行われた。
2013年11月、結局、フェターズは仮釈放の可能性がある終身刑に変更された。
しかし、この判決の前に、フェターズは体調を崩した為、検査すると乳癌の末期であると診断される。
癌はすでに手術不可能なほど進行していた。
治る可能性のない癌に冒されているフェターズには、同年12月にすぐに仮釈放出来るよう弁護側が裁判所に求めた。
この要請は聞き入れられ、フェターズは仮釈放される事となった。
その後、闘病生活を続け、ホスピスの世話を受けていたフェターズは、2014年7月27日、仮釈放から約7ヶ月後、乳癌により死去。
享年34歳という若さであった。
∽ 総評 ∽
わずか14歳という年齢で親族を殺害したフェターズ。
この事件が衝撃的なのは、フェターズの年齢が14歳という事であり、まだ、あどけない表情の少女という事だ。
しかも、そんな少女がフライパンで殴りかかり、その後刺し殺すという女性の特に少女が行う殺害方法としてはなかなかない残虐な方法で殺した。
ただ、フェターズの殺害動機が全くわからない。
詳細がないという事もあるが、大叔母 (祖父母の姉妹) という普通の家庭ではほぼ接点のないような相手を殺害している事に余計疑問を感じる。
だが、個人的には殺害相手が赤の他人ではなく、親族のしかも高齢の方なのが救いだったと思う。
フェターズは精神状態に問題があり、治療を受けていたほどなので、それが原因だと思われるが、それなら両親や兄弟など近しい相手を狙いそうなものだ。
しかし、フェターズは癌にかかりわずか34歳という若さで死亡した。
余命が少ないと言えど、仮釈放される事に納得いかない方もいると思う (ただし、フェターズは元々仮釈放の可能性がある終身刑であり、しかも、この時点でフェターズはすでに18年服役している) 。
罪は罪であり、病気だろうがなんだろうが終身刑という判決が下されたのなら、一生刑務所の中に入っているべきだという意見もあるだろう。
だが、厳罰主義の私からしてみれば、かえってこの方が罪を感じる事が出来ていいと思う。
病気となり外の世界に久し振りに出て来れた時、「外の世界はいいな。もっと長生きしたい」と思ったはずだ。
そして、病気で死んでいく。
フェターズがどんな人物か知らないので何とも言えないが、病気で苦しむ中、「この若さで癌にかかったのは、私の行った事に対する天罰だ」と思って死んでいったのではないだろうか。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★★☆☆
・殺人数 1人
《犯行期間:1994年10月25日》
コメント
コメント一覧 (10)
多分そうだと思うのですが、普通の家庭でほとんど接点のないようなそんな相手を恨む事ってなかなかないと思います。
仰る通りですね。
日本はそんな異常な子供に刑を寛大にして何を期待しているんですかね。
そんな子供は大人になってもただのクズですよ。
亡くなった方にとても失礼に感じますし…。
仰る通り確かにわざわざ書く必要はないかもしれませんね。
総評はあくまで私個人の感想なので、あまり本心を隠さず掲載しようと考えてます。
私は偽善者になりたくないので、正直な感想をあえて掲載しています。
生まれたばかりの赤ん坊と80歳の高齢者の命は間違いなく平等ではありません。
赤の他人が殺されるより家族が殺される方が私は良いと普段から思っています。
それは私の家族に起きてもそう思いますし、私が高齢になってそう言われても「そうだよね」としか思いません。
それにしても私も管理人さんと同様死ぬ前に仮釈放してよかったと思います。いつ死ぬかわからない恐怖と癌の耐え難い苦しさの中で久し振りに外の光を浴びて…大変後悔したでしょうね。どうしようもない中で泣いたりしたんでしょうか
私も後悔したと思います。
おそらくですが泣いたりしたと思いますね。
歩いて逃げずに家にいたってことは必至に車の鍵探してたんでしょうか。。もし見つけて逃走してたらって考えると怖いですね。
悪人でも病気は怖いものなのですかね?この犯人も体調不良で癌が発覚した後怖い思いしてたんでしょうか。。
未成年の事件は確かに衝撃的なのが多いですね。
真の悪人は自分の命にも淡白なので恐れてはないですね。
この犯人も実際どうだったのかわかりませんが。