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シーウィー (タイ)
【 1923 ~ 1959 】



出生名はリー・ホイといい、1923年、中国で生まれた。

シーウィーという名前はリー・ホイをタイ語で読んだ呼び名であった。

シーウィーは12人兄弟であり、生まれつき精神に障害を持っていた為か、両親はシーウィーをまともに育てる事はなかった。

シーウィーは病弱だった為、いじめられた。

そんなシーウィーをみかねた村の老人が、
「人の心臓と肝臓を食べなさい。そうすれば強くなれる」
とアドバイスを与えた。

この言葉に衝撃を受けたシーウィーは、その後、その老人の言葉を信じ、何とか心臓と肝臓を手に入れようとするが、人間のは手に入れる事が出来ず、まずは動物を殺してその内臓を食べるようになる。


シーウィー18歳の時、『第二次世界大戦』が勃発。

シーウィーは陸軍の兵士としてビルマ (現ミャンマー) に従軍する。

この戦場でシーウィーは砲弾を受け、また、寒さと飢えに苦しみ、精神的に追い詰められる。

そして、シーウィーは戦場で死んだ仲間の内臓をナイフで切り取り、それを煮て食べた。

この時、初めてシーウィーは人間の内臓を食べる事が出来た。


戦争終結後、親類を頼ってタイへ移住し、港湾労働者として働き始める。

しかし、仕事は予想以上にたいへんで、しかも、言葉も通じない為、精神的に追い込まれていったシーウィーは、体調を崩してしまう。

そして、シーウィーは再び老人の言葉を思い出す。

自身の弱さを克服する為に人間の内臓を食べなければいけない。

シーウィーは内臓を食べる為、殺人を始める。


1954年4月、市場を歩いていた8歳の女の子を連れ去ると、手で顔を押さえつけ、窒息死させる。

しかし、この女の子の内臓は食べる事が出来ず、死体を入り江近くに遺棄した。


同年5月初め、街中で開催されていた結婚式に参列し、退屈そうにしていた11歳の少女を連れ去り、同じく手で口や鼻を押さえて窒息死させる。

そして、少女の死体をナイフで切り開き、肝臓を煮て食べた。

肝臓を食べたシーウィーは、体中に力がみなぎってくるのを感じた。


1955年6月下旬、7歳の少女を同様に殺害すると、内臓を取り出し食べた。


同年10月下旬、今度は10歳の少女を殺害し、内臓を取り出し食べた。


同年11月、寺院で行われたオペラ会場にいた4歳の少女を連れ去り殺害。

同様に内臓を取り出し食べた。


1956年2月、シーウィーは5歳の少女を襲い殺害して内臓を食べたが、犯行現場に殺害に使用したナイフと懐中電灯を忘れてしまう。

警察はそれを元に捜査を進めるが、シーウィーではなく別の人間を逮捕してしまう。


同年4月、シーウィーは顔見知りの少年を殺したのだが、顔見知りの少年という事でシーウィーに捜査の手が及び、ついに逮捕された。

裁判でシーウィーには死刑が言い渡され、あまりに残酷で残忍な犯行に、判決書に
「処刑後も供養する価値はない」
とわざわざ但し書きされたほどであった。


1959年9月16日、シーウィーには銃殺による死刑が執行された。

死刑執行後、シーウィーの死体は蝋で固められ、ミイラにされた。

そして、シリラート病院の博物館に晒される事となった。

その後、長年の研究によりシーウィーが冤罪である可能が高まる。

中国からの移民であるシーウィーに罪を被せ、処刑した事がわかった。


2019年6月21日、1万人もの署名が集まった事を受け、火葬される事が決定した。


2020年7月23日、シーウィーの遺体が火葬された。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 7人

《犯行期間:1954年4月~1956年4月》