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レイモンド・ラティマ (ニュージーランド)
【1967 ~ 】



レイモンド・ワヒア・ラティマにはトニという名の妻がいた。

夫婦にはピリピ (6歳♂) 、バーニー (4歳♂) 、ステイシー (2歳♀) という3人の子供がいた。

レイモンドは裁断工として働いていたが、失業し、職を失ってしまう。

その為、家族は貧困となってしまい、生活するのが精一杯という状況であった。


1992年、一家の困窮は激しさを増し、生活に余裕がない一家はマスタートンにある妻トニの両親の家へ引っ越す事となった。

この頃、レイモンドとトニは貧困からくるいざこざが耐えなくなっていた。


同年6月、レイモンドはトニと両親の間で言い争いが起こり、家を出て行くように言われてしまう。

レイモンドはこの事にショックを受けるが、住む場所を探そうとする。

お金のなかったレイモンドは、社会福祉事業と弁護士に援助してもらうよう相談するが、レイモンドは全く相手にされず、軽くあしらわれてしまう。

この事で、レイモンドの中で何かが崩壊した。


同年6月26日、トニは地元のパブで両親、親族のフィリップス・ファーガソン (♂) とレベッカ・ファーガソン (♀) に会う為に家を出た。

トニは姉妹のニコラ・ファーガソン (20歳) と3人の子供を家に置いてきた。

また、その家では夜にトニの兄弟フィリップ・ファーガソン (14歳♂) と、ベヴァン・テップ (21歳♀) とその息子スティーブン (2歳) が家を訪ねていた。


その日の夜午後9時25分頃、レイモンドは家に侵入すると、家にいた7人の家族を次々と襲い始める。

レイモンドは持参した棍棒で殴ると、最後はナイフで突き殺した。

自身の3人の子供は殺害後、妻トニのベッドの上に運び、側にバイブルを置いた。

ニコラとテップの死体はもう1つのベッドの上に重ねて置いた。

レイモンドは妻トニとその両親を殺害しようと家に留まりその帰りを待った。

トニ達が帰って来ると、レイモンドは野球バットでトニの父親に殴りかかった。

しかし、攻撃は空振りし、レイモンドは反撃を受ける。

トニはすぐに助けを求めに警察の下へ駆けつけ、警察と共に家に戻ると、レイモンドは父親によって鎮圧されており、駆けつけた警官によりレイモンドは逮捕された。

警察はレイモンド逮捕後に家の中を調べるが、その余りの惨状に愕然とした。

レイモンドによって7人もの人間が犠牲となったのだが、それは全員家族や親族であった。

犯行当時のレイモンドの精神状態が問題となったが、それはよくわからなかった。

また、1984年にレイモンドは命にかかわる致命的な事故を起こしており、それも原因ではないかとも思われたが、因果関係は不明であった。

レイモンドは逮捕から裁判中も含め、後悔の念を発する事は1度もなかった。


同年8月、裁判でレイモンドには終身刑が言い渡された。


この事件はデビー・ウッドワードが『壊された夢 ― ニュージーランド殺人の被害者家族は意見を述べる』というタイトルで本を出版している。



∽ 総評 ∽

自身の子供を含む家族7人を無惨に殺害したレイモンド。

レイモンドは普段の性格は温厚で犯罪歴もなく、陰惨な事件を起こす人物とは無縁であった。

そんな人物が貧困により精神的に追い詰められ、凶行に出てしまった。

もちろんだからいってレイモンドのやった事は許される事ではない。

レイモンドは逮捕後は事件について一切後悔していないが、もしかしたら貧困による苦痛から解放されたことで、安心しているからかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 7人

《犯行期間:1992年6月26日》