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シェビー・キーホー (アメリカ)
【1973 ~ 】



シェビー・オブライエン・キーホーは、1973年1月29日、アメリカ・フロリダ州オレンジパークで生まれた。

キーホーの父をカービー、母をグロリアといった。

キーホーは8人兄弟の長男で、名前のシェビー (Chevie) は、カービーが好きな車メーカー、シボレー (Chevrolet) の愛称 (Chevy) にちなんで名付けられた。

父カービーはベトナム戦争で海軍として従軍し、キーホーがまだ生まれて間もない頃、一家はノースカロライナ州マディソン郡に引っ越した。


1985年、一家はワシントン州に引っ越した。


1987年、キーホーはコルヴィル中学校に入学し、翌年には名誉学生となる程、キーホーは優秀であった。

しかし、キーホーの両親は弟チェーンと共に公立学校を無理やり退学させ、それ以来、家庭で勉強させるようになった。

この頃からキーホーは反政府及び白人史上主義に傾倒していくようになる。

そんなキーホーは自身を『アーリア民族人民共和国』の民兵であると自称するようになる (アーリア民族とはアーリア学説を教義とする民族) 。


その後、キーホーはカレナ・ガンという名の女性と結婚し、1993年までに3人の子供に恵まれた。


しかし、 同年7月9日、キーホーはアンジー・セトル (別名アンジー・マレー) という女性とも重婚し、アイダホ州にあるヘイデン湖近くに移り住んだ。

重婚というのはキーホーが信奉するアーリア民族の教えでもあった。


1996年1月13日、キーホーと共犯者ダニエル・レビス・リーは、アーカンソー州ティリーにある銃ディーラー、ウィリアム・ミューラーの自宅に侵入する。

そして、キーホーとリーはミューラーと妻ナンシー、ミューラーの継娘サラ・パウエル (8歳) の3人を殺害する。

キーホーとリーはミューラーの家にあった現金とミューラーがコレクションしていた銃、そして、弾薬を奪った。

殺害した3人の死体は近くの沼に捨てた。

キーホーは家族を連れ、オクラホマ州にある白人至上主義団体『エロヒム・シティ』のキリスト教アイデンティティーコミュニティに立ち寄り、その後、ワシントン州スポーカンに向かった。


1997年6月17日、キーホーと弟のチェーンは、オハイオ州ウィルミントンで、警官との撃ち合いに関与したとして逮捕された。

その映像はパトカーのダッシュボードに設置されているカメラに映っていた (余談だが、この時の映像はFOXの『世界の最も恐ろしい警察官との決闘』として放送されている) 。


1998年2月20日、キーホーは裁判でウィルミントンでの撃ち合いと、殺人未遂の罪を認めた。

しかし、ミューラー一家殺害は否認した。


1999年6月25日、キーホーはミューラー一家殺害で有罪判決が下され、3つの終身刑が言い渡された。

共にミューラー一家を襲撃したリーには死刑が言い渡されている。



∽ 総評 ∽

3人家族を殺害したキーホー。

キーホーのような白人史上主義の人間というのは、アメリカには根強く存在するが、キーホーが何故そうなったかいまいちわからない。

また、以前掲載したジョセフ・フランクリンは黒人を殺害したり、黒人と仲良くしている白人を殺害するなど、徹底的な行動に出ていた事に比べ、キーホーは犯罪と白人史上主義に関連性はなく、かなり中途半端な印象を受ける。

キーホーはミューラー一家殺害で終身刑で、共犯者のリーは死刑になっているが、その差がよくわからない。

詳細はないが、もしかしたらキーホーが司法取引に応じ、リーに対して不利な証言でも行ったのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 3人

《犯行期間:1996年1月13日》