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ジャック・リーブス (アメリカ)
【1940 ~ 】



ジャック・ウェイン・リーブスは、アメリカ・テキサス州ウィチトーフォールズで生まれた。

このウィチトーフォールズで青春時代を過ごしたリーブスは、当時人気の高かったエルビス・プレスリーのファンであった。


1960年、リーブス20歳の時、15歳の少女と結婚した。

だが、少女の年齢が低過ぎた為、結婚自体が無効となってしまう。


そして、1年も経たない内に、リーブスはシャロン・ヴォーンという女性と結婚し、その後、まもなく軍に入隊する。

リーブスはイタリアに配属され、そこで2人の子供に恵まれた。


1967年、リーブスは家族を見張っているというイタリア人男性と口論になる。

リーブスは銃を取り出し、男性を脅して追い払おうとした。

しかし、男性は怯まなかったので、威嚇の為、男性の体を外して発砲した。

だが、たまたま鉄の手摺りに弾が跳ね返り、跳弾して男性の胸に当たってしまい、男性は死亡してしまう。

リーブスは逮捕され、懲役6ヶ月の罪で刑務所に入れられた。

しかし、リーブスの母がウィチトーフォールズの住民から嘆願書を集め、当時の大統領ジョンソンに送り届けた。

ジョンソンはイタリア大統領に掛け合い、そのおかげでリーブスは釈放された。


事件後、リーブス家族はアメリカに戻り、テキサス州コーペラス・コーブに小さな家を建ててそこに住んだ。

リーブスはアメリカに戻っても軍人として生活を続け、軍曹に昇進した。

その後もリーブスは軍人として各国に配属された。


1978年、韓国に勤務していた時に、妻シャロンから離婚届を送られ、調停の為にすぐに帰国した。

ある夜、コーペラス・コーブ警察署に通報が入る。

電話の主はリーブスで、妻シャロンが死んでいるというものだった。

駆け付けた警官はベッドで全裸のシャロンが胸をショットガンで撃たれ死んでいる姿を確認する。

リーブスと息子のランディ (10歳) はシャロンの死体のすぐ側に立っていた。

リーブスが言うには、家族で夕食を食べに出掛け、家に戻るとシャロンが銃で自殺したと述べた。

また、遺書も見つかった。

リーブスは銃声を聞き、部屋に入るとこのような惨状になっていたと警察に説明する。

警察は当初よりリーブスを疑っていた。

それはリーブスがシャロンの葬式の後、韓国に帰国してミョン・チョンという名の韓国人女性と結婚した事で、犯人はリーブスだと確信するが、証拠がなかった為、逮捕する事は出来なかった。


1980年代初期に、リーブスはミョンと一緒にアメリカに帰国した。

リーブスは小さなレンガの家を建て、住んでいたが、リーブスは車やバイク、ボートやトレーラー等を趣味で次々買った為、家計は逼迫していった。


1986年、ホイットニー湖にリーブスとミョンは出掛け、湖で釣りを楽しんでいる最中、ミョンが湖に落ち、溺れて死んでしまう。

リーブスの通報により警察が駆けつけるが、警察はすぐにリーブスを不審に思った。

リーブスは釣り餌に使用する為にバッタを取りに行っている間、ゴムいかだからミョンが落ちたと警察に話したのだが、その口調があまりに穏やかで落ち着いている事を不審に思ったのだった。

ミョンの検死を行おうと警察は考えたが、ミョンの死体は火葬された為、検死する事が出来なかった。

だが、ミョンの親族はミョンは泳げず水を怖がっていた為、湖でゴムいかだなんかに乗るはずがないと主張する。

また、ミョンが親族に書いた手紙には、日頃からリーブスに虐待を受けており、別れたいという内容の手紙を送っていた事も判明する。

しかし、証拠がない為、ミョンの死は事故として処理された。


その後、ミョンの死から1年も経たない内に、リーブスはフィリピン女性エメリータ・ヴィラという女性と結婚する。


1991年、エメリータが妊娠し、故郷のフィリピンに帰ったのだが、リーブスは自分の子供ではないと友人に話した。

そして、エメリータが故郷に帰ってからリーブスは若いロシア人女性を家に連れ込むようになった。

また、リーブスはこの頃からアメリカの男性を求めているロシア人女性を新聞広告を利用して提供するようになった。

近所の住民は、リーブスが背の高い綺麗なロシア人女性と歩いているのをしばしば目にした。

しかし、しばらくするとロシア人女性を見なくなった。

住民がリーブスに問い掛けたところ、

「他の男性と結婚していなくなった」

とリーブスは話したが、住民は不審に思った。


1992年、エメリータが男の子を出産して帰って来た。

子供を見たリーブスは、それが自分の子供ではないと確信する。

また、エメリータは結婚生活に不満を抱いており、離婚しようと考えている事を友人に漏らしていた。


1994年10月、エメリータが行方不明となる。

警察はリーブスに尋ねると、リーブスはエメリータはバイセクシャルで、他に男性と女性と関係を持っていなくなったと供述した。

しかし、警察は少しでも事件の真相を聞き出すと沈黙するリーブスに対し不信感を抱き、過去の事件を再び捜査する。

シャロンの遺体を掘り起こし、法医学の専門家に傷を調べさせると、それは自殺ではない事が判明する。


1995年10月、リーブスは殺人容疑で逮捕された。

過去の妻達の死亡に対する尋問に対し、リーブスの答えにいくつもの矛盾点が存在した。


1996年1月3日、裁判でリーブスはシャロン殺害で有罪判決となり、最低40年は仮釈放のない懲役99年が言い渡された。



∽ 総評 ∽

自分の下を去ろうとした妻を次々と殺害したリーブス。

妻を次々と殺害していくというのは、殺害相手としては珍しい。

基本的に妻や知人等を殺害相手にすると、真っ先に疑われる可能性が高く、快楽で殺害しているのであればリスクが高くなるだけだ。

そもそも、女性たちがリーブスの下を去りたいと思ったのはリーブスが原因であり、それで気に食わないとして殺害するというのは身勝手極まりなく、救いようがない。

また、証拠はないが3人目の妻ミョンやロシア人女性など、明らかにリーブスが殺害した可能性が高い女性は他にも存在し、リーブスの余罪はかなりのものであろう。

ただこういった事件を知るといつも思うのだが、こういった異常者というのは女性をたらしこむ能力だけは長けている人物が多い。

危険は男に惹かれる女性の心理なのだろうか、ただ単に言葉巧みなだけなのだろうかよくわからない。

見る目がないと言われてしまえばそれまでだが、騙される女性も可哀想でならない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 最低3人
(もっと多い可能性が高い)
《犯行期間:1967年、1978年、1994年10月》