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リュボミール・ハーマン (スロバキア)
【1962 ~ 2010】



1962年3月21日、ハーマンはスロバキアで生まれた。


ハーマンはリプトフスキーフラドックの高校に通った。

高校ではハーマンは空手を習った。

当時の高校の同級生は
「物静かな性格で引っ込み思案。また、一匹狼であった」
と供述している。

また、他の同級生は
「普通の子で危険な事はなかった」
と述べ、一緒にフットボールをした事もあったという。


1980年代初期、ハーマンは徴兵制 (スロバキアは2006年まで徴兵制度があった) により兵役を経験した。


兵役を終えたハーマンは、スロバキアの首都ブラチスラヴァにあるウッド工業で働き始める。

ハーマンはそこで4年間働いたが、同僚の友人によると、ハーマンとはたまにビールを飲みに行き、好印象であったという。

しかし、この頃からハーマンはハンターとして狩りに出掛けるようになり、銃に対して愛着を示すようになる。


1998年1月10日、ハーマンはブラチスラヴァにある『ソルジャー008フォックスクラブ』のメンバーとなり、射撃の練習に励み、競技大会に参加するようになる。

ハーマンがブラチスラヴァ近くのステューパヴァの射撃場で、射撃の練習している姿を何度も確認されている。


1990年代、ハーマンは4つの会社で働いた。

ある会社でボイラー係として働いていた時、同僚の女性は
「寡黙で黙々と働いていた。彼に話しかけたが、何も答えなかった」
と後に証言している。

ただ、勤務態度は良く、仕事も積極的に手伝い「理想的な従業員」と呼ばれていた。


最後にハーマンはヒーター室でメンテナンスの仕事に就いたが、突然仕事を辞める。

雇用主からは続けるよう説得されるが、ハーマンは辞めた。


2008年8月1日からハーマンは失業中であった。

その為、ハーマンは生活保護を受けて生活するようになる。

ハーマンは結婚せず、生涯独身であったが、両親や兄弟姉妹達とは仲が良かった。


2010年8月30日、午前10時頃、ハーマンはブラチスラヴァ郊外の閑静な住宅街にあるプレハブ住宅に押し入った。

その家に住んでいたヨセファ・スレザーコヴァー (76歳♂) 、マリア・スレザーコヴァー (44歳♀) 、ルジェナ・ハーラスゾーヴァ (51歳♀) 、ジョゼフ・スレザーク (12歳♂) 、スタニスラフ・スレザーク (27歳♂) 、ジョゼフ・プティク (49歳♂) 6人のロマ人家族を射殺。

その後、ハーマンは逃走を図り、逃走しながら銃を住民に向けて発砲し、ガブリエラ・コスタラーヴォ (52歳♂) を殺害、他15人を負傷させた。

そして、最後は自らの頭を撃ち、ハーマンは死亡した。

警察はハーマンの家を捜索すると、弾薬が9000発以上もあったことが判明した。

ハーマンは隣人との交流を一切持たず、挨拶を交わす事もなかっが、かといって争う事もなかった。

結局、動機はわかっていない。



∽ 総評 ∽

銃を乱射し7人殺害したハーマン。

この7人殺害というのは、スロバキアの近代史において当時、2番目に多い被害者数であった (2015年2月24日に8人殺害した事件が起きた為、現在は3番目となった) 。

銃乱射事件はアメリカで日常茶飯事であり、とくに珍しいという事もないが、スロバキアでは衝撃的事件であった。

動機はよくらないが、ハーマンは内向的な性格な為、日頃の鬱憤が溜まっていったのだろう。

このような事件を起こす人物はハーマンのように友人もいなく、社会から隔離されている事が多い。

1人でどんどん負の要素を抱え込んでいって限界まで到達した時に爆発するのだろうが、1人で勝手に抱え込んでしまう為、周囲からすればどうしようもなく、こういった事件から身を守る術はほとんど皆無と言える。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・殺人数 7人
(他負傷者15人)
《犯行期間:2010年8月20日》