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アントニス・ダグリス (ギリシャ)
【1974 ~ 1997】



1974年、ダグリスはギリシャの首都アテネで生まれた。


ダグリスは14歳の時にはすでに常習的な犯罪者であり、軽犯罪を繰り返していた。


1988年、ダグリスは未成年者に対する誘拐未遂事件を起こしている。


1989年、ダグリスはアテネにある建築物ザッペイオンで、ナイフを振りかざし数人の男性に切りかかる事件を起こし、逮捕された。


1992年、氏名不詳の売春婦の女性が殺害され、大型ゴミ収納器の中で死体が発見される。

警察は捜査に乗り出すが、犯人を特定する事は出来なかった。


1995年、エレニ・パナギオトーパウラウ (29歳) と、アティナ・ラザーラウ (26歳) が殺害される。

2人は絞殺された後、体をバラバラに切断され、アテネ市内の周囲にバラバラ死体が捨てられた。


その後、アン・ハムソンというイギリス人の女性が誘拐された後、強姦された。

この罪で逮捕されたのがダグリスであった。


警察は逮捕したダグリスには余罪があると判断し、問い詰めた所、3人の女性殺害を認めた。

事件が公になると、ダグリスはバラバラに死体を切り刻んだ事から『The Athens Ripper (アテネの切り裂き魔) 』と呼ばれた。


裁判でダグリスは

「私は全ての売春婦を嫌っていた。私は性交渉の為に彼らに会いに行ったが、その時、突然頭の中に売春婦を殺すよう命令する声が聞こえた」

と発言した。

また、ダグリスは

「私は婚約者を絞め殺す事も考えたが、私自身がそれを制止した」

とも発言した。


1997年1月23日、3件の殺人と6件の殺人未遂で有罪判決となり、終身刑が言い渡された。


同年8月2日、ダグリスは刑務所内で自殺した。

ダグリスの生まれた月日が分からない為、正確な歳は不明だが、まだ22歳か23歳という若さであった。



∽ 総評 ∽

『The Athens Ripper (アテネの切り裂き魔) 』と呼ばれ、売春婦を嫌い殺害したダグリス。

ダグリスは切り裂き魔事件を起こし、そこでは捕まらずに再び殺人を犯した。

日本でもそうだが、通行人に切りかかる通り魔事件というのはすぐに犯人が捕まるが、ダグリスは運良く逃げる事が出来た。

売春婦を殺害する事も命令されたと言って殺害する事もさして珍しくないが、ギリシャではこう言った事件は比較的少ない為、当時のギリシャを震撼させた。

ダグリスは裁判で「殺せと自分に命令した」と発言しており、ダグリス自身統合失調症だった可能性が高い。

ただ、ダグリスをどこかの時点で病院に入院させる事が出来たなら、これほどの悲劇を生まないで済んだと考えると残念でならない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 3人
(他負傷者強姦多数)
《犯行期間:1992年、1995年》