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エンジェル・ディアス (アメリカ)
【1951 ~ 2006】



エンジェル・ニーブス・ディアスは、1951年8月31日、プエルトリコ (アメリカの自治的・未編入領域) で生まれた。


ディアスは若い頃から常習的な犯罪者として過ごし、また、薬物中毒者でもあった。


1979年12月29日、ディアスは2人の友人 (エンジェル・トーロともう1人は正体不明の男性) と共に、 フロリダ州にあるストリップ・クラブを襲撃する。

ディアスらは多くの従業員や客を洗面所に押し込め、監禁する。

そして、マネージャーであるジョゼフ・ナジー (♂) を射殺し、お金を奪って逃走した。


1983年、ディアスのガールフレンドが、ディアスの強盗事件を警察に話した。

そのガールフレンドの告発により、ディアスは逮捕された。


1986年、裁判でディアスは強盗自体は認めたものの、ナジー殺害は否定する。

ナジーを殺害したのは共犯のトーロであると主張した。

しかし、ディアスは第一級謀殺、誘拐、武装強盗、強盗未遂と重罪犯人の告訴で有罪となり、死刑が言い渡された。


判決後もディアスはナジー殺害を否定し続けた。

実際、ナジー殺害の時、クラブの従業員は皆洗面所に監禁されており、ナジー殺害を見ているのは当事者の3人以外、誰も見ていなかった。

だが、1984年に、刑務所に収容されたディアスは、同じ収容所にいる囚人ラルフ・ガヤスにナジー殺害を認めていたと、ガヤスは証言する。

しかし、ディアスは英語をほとんど話す事が出来ず、普段はスペイン語で会話を交わしていたのだが、ガヤスは普段の会話は英語で、スペイン語は全くわからなかった。

その為、ガヤスがディアスがナジー殺害を認めているのを聞いたというのは、言葉を知らないガヤスがわかるはずもなく、ガヤスの証言に信憑性はなかった。


2006年、ディアスの訴えは退けられ、死刑の執行日が決定する。


同年11月28日、当時のプエルトリコ知事アニバル・アセベド・ヴィラは、当時のフロリダ州知事ジェブ・ブッシュに、ディアスに対する温情処置を求め、嘆願書を提出した。

しかし、ブッシュはヴィラの要求を拒否した。


同年12月13日、ディアスにはフロリダ州刑務所で致死量の注射により死刑が執行された。

享年55歳であった。

ディアスは死刑執行直前に希望すると出されるスペシャル・ミール (最後の特別な食事) を拒否。

また、食事を指定しなかった場合、タコス調味料、細かく切られたチーズ、米、マダラインゲン豆、トルティーヤ・シェル・さくさくしたリンゴ、アイスティー、七面鳥という刑務所メニューが出されるのだが、ディアスはそれも拒否した。


ディアスの死刑執行後、死刑囚に対する死刑執行が敬遠され、しばらく行われていなかった。

しかし、2007年7月18日、ブッシュの後任である新任知事チャーリー・クリストが就任すると、再び死刑が執行されるようになり、その最初に死刑執行されたのは、以前掲載したマーク・シュワブであった。


最後に死刑執行直前のディアスの言葉で終わりたいと思います。

「フロリダ州は罪のない人間を殺します。私は無実であるのでフロリダ州は犯罪を犯しています。死刑は復讐の形だけでなく、人間による臆病な行為です。これが私と家族に起こったということは非常に残念です」



∽ 総評 ∽

ナジー殺害を頑なに否定したディアス。

これだけ頑なにナジー殺害を否定し続けているので、多分、ディアスはナジー殺害に直接手を下してはいないと思われる。

だが、かといってディアスが本人の言う無実という事は決してない。

武装強盗や誘拐、強盗といった重罪は犯しており、それらを理由に死刑になる可能性も充分ある (もちろん殺人がなければ終身刑や懲役刑で済む可能性も否定出来ないが) 。

以前にも冤罪の可能性のある人物を何人も紹介してきたが、その人物たちは何の犯罪も犯していないにもかかわらず死刑となり処刑されたが、このディアスは殺しはしてなくとも強盗等はしっかりやっているので、本人の訴えとは別に、正直あまり同情出来ない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:1979年12月29日》