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リッキー・レクター (アメリカ)
【1950 ~ 1992】



リッキー・レイ・レクターは、1950年1月12日、アメリカで生まれた。


1981年3月21日、レクターは友人とアーカンソー州フォークナー郡コンウェイにあるナイトクラブに車で向かった。


ナイトクラブに着いたレクターと友人だが、ナイトクラブに入場する為にサービス料として3ドル必要だったが、友人はそれを払う事が出来なかった。

その為、入場を拒否されるが、この事に激怒したレクターは所持していた38口径の銃を取り出すと発砲する。

この発砲でアーサー・クリスウェルという名の男性が撃たれたが、その後、クリスウェルはレクターに額と喉を殴られ、殺害された。

また、この発砲で他に2人が負傷する。


レクターはクリスウェル殺害後、友人を車に残し、徒歩でコンウェイ市内を逃走する。


3日後の3月24日、レクターの姉妹がレクターに警察に出頭するよう説得する。

そして、レクターは警官ロバート・マーティン巡査に言って出頭する事を決める。

マーティンは子供の頃からレクターやレクターの家族の事をよく知っていた。


マーティンがレクターの母親の家に行き、レクターの母親と姉妹と会話を交わした。


しばらくして、レクターが家に到着し、マーティンと挨拶を交わした。

マーティンはレクターと会話を続ける為、家の中に入ろうと背を向けた。

すると、レクターは後ろからマーティンの銃を抜き、マーティンの背中に2発発砲。

そして、マーティンの顎と首を叩いて殺害する。


その後、レクターは逃げ場はないと考え、こめかみに銃をあて、自らの頭を撃った。


レクターは発見された警官により病院に搬送された。

しかし、幸か不幸かレクターは一命をとりとめ助かったのだが、銃弾はレクターの前頭葉を傷付けてしまい、レクターは脳障害を負ってしまう。

また、その為、IQも相当下がってしまった。


レクターはクリスウェルとマーティン殺害で起訴されるが、裁判を受ける能力がないと、レクターの弁護団は主張した。

しかし、数人の専門家の意見により、判事がレクターには充分裁判を受ける能力があると決定する。

有罪判決を受けたレクターには死刑が言い渡された。


1992年1月24日、レクターには致死量の注射により死刑が執行された。

レクターのスペシャル・ミール (最後の食事) は牛ステーキ、フライドチキン、粉末ジュース、ペカンパイであった。

享年42歳。

脳障害を抱えたままの死刑は物議を醸した。


最後にレクターがスペシャル・ミールの際、ペカンパイを残した時の言葉で終わりたいと思います。

「後で食べるから」



∽ 総評 ∽

自らの頭を撃って脳障害が残ったレクター。

自業自得と言ってしまえばそれまでだが、本人もまさか生き残るとは思っていなかっただろう (ただし、本人は脳障害により全く覚えていないかもしれないが) 。


しかし、本人は脳障害によりこれから死刑にあるという事も知らずに死んでいった。

本人からしてみれば、脳に障害を負ったというのはある意味幸せだったのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 2人
(他負傷者2人)
《犯行期間:1981年3月21日、同年3月24日》