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フランシスコ・エスカレーロ (スペイン)
【 1948 ~ 2014 】



フランシスコ・ガルシア・エスカレーロは、1948年5月24日、スペインの首都マドリードで生まれた。


エスカレーロの生まれた環境は劣悪で、教育も不十分であった。

父親はエスカレーロを嫌い、日常的に暴力を振るっていた。

その為、エスカレーロは幼少の頃から精神的に不安定な子供に成長する。

そんなエスカレーロの趣味は、墓地を歩く事であった。


エスカレーロ16歳の時、精神病院に入院するがすぐに退院し、生活の為に多くの窃盗に手を染める。

エスカレーロは性欲も人一倍強く、行為に及んでいるカップルや、裸の女性を隠れて見ては、自慰行為に耽っていた。


1973年、エスカレーロは友人と少女を強姦し、続いてオートバイを盗んだ罪で逮捕される。


1975年、エスカレーロは釈放される。

しかし、釈放されたエスカレーロはカップルを襲撃し、ボーイフレンドの前で女性を強姦した。

エスカレーロは再び逮捕され、懲役12年が言い渡された。


1984年、ようやく釈放されたエスカレーロは、もちろんお金等持ってなく、乞食として生活することになる。

エスカレーロは錠剤をアルコールに混ぜて飲む事を好み、その為、危険な酔い方をしてしまい、些細な事で暴力を振るい情緒不安定となった。

また、この頃からエスカレーロは幻覚に悩まされるようになる。


1987年8月、エスカレーロは突如『声』を聞き、売春婦ポーラ・マルティの首を切って殺害、死体を燃やした。

これがエスカレーロ初めての殺人であった。


1988年3月、エスカレーロはファンという名の乞食を殺害する。

エスカレーロはファンを突き刺すと、頭を石で叩き潰した。


ファン殺害から数ヵ月後、エスカレーロは別の乞食を燃やし、殺害した。


1989年3月、アンヘルという名の乞食を襲い、首を切って殺害する。

アンヘルの死体は首が切断されており、指の先も全て切断されていた。


1989年5月、フリオという名前の乞食を突き殺し、陰茎を切り落とし、燃やした。


エスカレーロは残忍に殺害するだけでなく、カニバリズム (食人) とネクロフィリア (屍姦) も行った。

また、夜な夜な墓地を徘徊しては死体を掘り起こし、持ち帰っては屍姦を行った。


1994年、エスカレーロが以前、刑務所の精神病院にいた際、知り合いになっていたビクター・ルイスを頭を叩き潰し、燃やして殺害する。

警察は一連の連続殺人の犯人をエスカレーロと睨み、捜査を続けた。

警察の捜査が自分に及んでいる事を知ったエスカレーロは、自殺を試みようと通りで車に轢かれるが、足の骨折だけで済んだ。

病院に運ばれたエスカレーロは、過去の殺人を自白し、看護師に警察に連絡するよう頼んだ。


1994年4月、連絡を受けて駆け付けた警察にエスカレーロは逮捕された。


1995年2月、裁判が行われ、エスカレーロは犯行当時、重度のアルコール中毒と、精神分裂症による精神障害により、正気でなかったと判断され、精神病院に入れられる事となった。


2014年8月19日、エスカレーロは夕食後、心停止により死亡した。

享年66歳。



∽ 総評 ∽

自身と同じ乞食ばかりを狙い殺害したエスカレーロ。

殺害相手として狙い易かったというのが相手に選んだ理由だと思われるが、売春婦やホームレスではなく乞食というのは珍しい。

また、エスカレーロは残忍な殺害だけでなく、カニバリズムもネクロフィリアも行うという生粋のシリアルキラーぶりを発揮した。

アルコールを飲んで中毒になったのはエスカレーロ本人の意思であり、そのおかけで正気じゃなかったと言われ、はたして納得出来るだろうか。

ただ、エスカレーロが幼少時代にされた虐待のせいで異常になったとするならば、それだけは同情に値する。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 11人

《犯行期間:1987年8月~1994年4月》