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ムミア・アブ=ジャーマル (アメリカ)
【1954 ~ 】



1954年4月24日、アメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアのジャーマルで生まれた。


1981年12月9日、アメリカ・フィラデルフィア州で、警官のダニエル・フォークナー (25歳) が一方通行の道を逆走する車を見つける。

フォークナーは車を追尾し、逆走する車を停めた。


フォークナーが運転手に注意を促すと、運転手の兄であるジャーマルがフォークナーに突如発砲し、射殺する (射殺したと言われる) 。


同日、ジャーマルは逮捕されるが、ジャーマルは一貫して無実を主張する。


しかし、1982年7月2日、ジャーマルには死刑が言い渡された。

このジャーマルの死刑判決は市民の反発を招いた。

実はジャーマルは逮捕された際、自身も何者かに撃たれ負傷しているにもかかわらず、そんなジャーマルを警察は無理矢理逮捕したのだった。

また、当時ジャーマルはラジオのコメンテーターとして、アメリカ社会の人種差別や貧困等を鋭く辛辣に批判し続けており、一部の人間からは目の敵にされていた。


その為、この事件をきっかけにジャーマルを抹殺しようと考え、無実のジャーマルを緊急逮捕し、処刑しようとしたのでは?と、まことしやかに囁かれていた。


1995年、ジャーマルは再審請求を起こし、獄中からも本を書いたりラジオ放送を流した。

ジャーマルは抑圧された人々の声を代弁し、アメリカの戦争や侵略に対して痛烈に批判した。

人々はそんなジャーマルの声に「ボイス・オブ・ザ・ボイスレス (声なき者の声) 」と呼んで共感した。


同年8月と1999年12月に、ジャーマルの死刑執行日が決定されるが、その度に死刑廃止運動が広がった。

その為、市民の声を反映してか死刑は執行されることはなかった。


2011年12月7日、フィラデルフィアの検察官は、ジャーマルへの死刑執行を断念したと発表した。

フィラデルフィア地方検事セム・ウィリアムズは、ジャーマルの控訴裁判所の裁定、及び長年に渡ってジャーマルの命を救ってきた他の裁定を考慮した結果だった。

「判決はこの被告にとって順当なものであったが、非常に難しい決断だった」
と述べ、ジャーマルを仮釈放なしの終身刑とした。



∽ 総評 ∽

白人警官を殺害したとされるジャーマル。

本人は無実を訴えたが聞く耳を持たれず、死刑判決を言い渡された。

ジャーマルの訴訟事件は国際的な注目を集め、正義を唱えるジャーマルには世界中で大きな反響を呼んだ。

確かに犯人が自分に容疑がかからないよう自らを傷付け犠牲者を装う事はある。

しかし、このジャーマルの場合は、自身も完全に被害者で、ほぼ間違いなく冤罪であろう。

多分、前述した通り、日頃から影響力のある発言を行うジャーマルを鬱陶しいと感じ、事件にかこつけて抹殺してしまうと考えたのではないだろうか。

 

【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・特異性 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:1981年12月9日》