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ハロルド・ジョーンズ (イギリス)
【1906 ~ 1971】



ジョーンズは1906年、イギリス・ウェールズで生まれた。


ジョーンズの父親は元々炭鉱労働者であったが、失業中であった。

ジョーンズの家は妻と妹の4人暮らしで、父親が失業中であった為、家はかなり貧しかった。


そんな一家は家計の為、下宿人を置く事になる。

ジョーンズも家計を支える為、子供の頃から食料雑貨店で働き始める。


ジョーンズは成長するにつれ体格の良い青年に育ち、読書とハーモニカが趣味という好青年であった。

また、仕事熱心で近所でも評判が高かった。


だが、表面上は好青年に見えたジョーンズだが、この頃には心の中の闇が見え始める。

ジョーンズは近所の子供を引き連れ、森の鳥の卵を採りに出掛けていたのだが、夢中で卵を採っている隙に、鳥の巣にいる雛を取り出すと、両方の翼を持ち、引き裂いて楽しんでいた。


1921年2月5日、ジョーンズはいつも通り食料雑貨店で働いていた。

そこにフリーダ・バーネル (8歳) という少女が穀物を買いにやって来る。


ジョーンズはフリーダを見るなり

「物置にあるから一緒に取りに行こう」

と誘い出した。

そして、フリーダが身に付けていたショールを奪い丸め、フリーダの口の中に押し込んだ。

更に、手足を紐で縛り、強姦しようとするが、8歳の幼い少女の膣にはジョーンズの勃起した陰茎は入らなかった。


これに怒り狂ったジョーンズは欲求不満を爆発させ、フリーダの頭を何度も殴り撲殺した。


ジョーンズはフリーダの死体を店の近くに捨てた。


警察はフリーダ殺害でジョーンズに容疑を向け逮捕した。

しかし、ジョーンズが逮捕されたというのが世間に知れ渡ると、
「警察がわずか15歳の無実の少年に罪を着せた」
と新聞がこぞって事件を取り上げ、書き立てた。


しかも、多くの一般市民も、
「そんな若い少年が人を殺すわけがない」
と判断し、その結果、裁判では陪審員が満場一致で無罪判決を出し、ジョーンズは釈放されてしまう。


同年7月8日、ジョーンズは妹の友人フローレンス・リトル (11歳) という少女を自宅に連れ込む。

この時、家には両親と妹がいなかった。


フローレンスを部屋に入れると、鍋の蓋でフローレンスの頭を殴り、失神させた。

そして、失神しているフローレンスを強姦しようとするも、フリーダの時同様、挿入する事が出来ず、フローレンスの服に射精するのが精一杯という惨めなものだった。


満足に挿入出来なかったジョーンズの怒りは頂点に達し、失神しているフローレンスをキッチンに運び、肉切り包丁でフローレンスの喉を切り裂いた。

そして、フローレンスの死体は屋根裏部屋に隠した。


フローレンスの母親は行方不明となった娘の捜索願いを出し、警察は捜査を始める。

すると、フローレンスがジョーンズと話している姿を目撃した証人が何人も現れる。


警察は証言を元にジョーンズの家を捜索すると、屋根裏部屋からフローレンスの死体が発見された。


ジョーンズは逮捕され、今度は有罪判決となったが、獄中のジョーンズの下には多くの女性達から熱烈なラブレターが殺到した。


ジョーンズは約20年間、刑務所で生活していたが、『第二次世界大戦』が勃発すると、兵士不足から1941年12月6日に釈放され、軍に入る事となった。


戦争終結後、ジョーンズは故郷ウェールズに戻り、1971年まで生き延びている。



∽ 総評 ∽

わずか15歳で少女2人を残忍に殺害したジョーンズ。

しかも、犯す事が出来なかった怒りで殺害するという鬼畜振りであった。


「15歳の少年がこんな残忍な殺人をするわけがない」と釈放されてしまったが為に、更に被害者を生む結果になった。

時代というのもあるだろうが、これが10歳くらいの少年ならまだわかるが、15歳となると、もう分別もしっかりついている年頃の少年である。

日本に比べるとアメリカやイギリスは格段に少年には厳しいが、それでもこの程度で赦されている (『第二次世界大戦』以前という時代背景もあるが) 。


ジョーンズのような犯罪者を好きになる人間を『プリズン・グルーピー』と呼ぶが、大抵が容姿端麗な殺人鬼にこのような人間が現れる。

個人的には全く理解出来ないわけではないが、殺害された遺族からしてみれば、とても容認できることではない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 2人

《犯行期間:1921年2月5日、同年7月8日》