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ペドロ・パブロ (ペルー)
【1973 ~ 】



ペドロ・パブロ・ナカダ・ルデニャ (旧名ペドロ・パブロ・マシアス・ルデニャ) は、1973年2月28日、ペルーの首都リマで生まれた。


父親は重度のアルコール依存症であった。

そんな父親は酒に酔っては日常的に母親に暴力を振るった。


パブロは4歳の頃、兄弟で飼っていた雌犬が死んだのだが、それがパブロが殺した事になり、家族から性的虐待を受けるようになる。

この性的虐待により、パブロは完全にゲイになってしまった。


そんなパブロは5歳の頃には動物を虐待し、殺すようになる。

パブロは犬や猫といった比較的小さめの動物ではなく、馬や牛といった大きい動物が苦しみながら死んでいく様子を見て興奮した。


9人兄弟だったパブロは、長女から女装するよう強要された。


1990年、パブロ17歳の時、畑でスイカを盗んだ所、作業していた農夫に見つかってしまい、注意された為、殺害した。

これがパブロ初めての殺人であった。


その後、ペルー軍に入隊したが、わずか2ヶ月で除隊させられる。

しかし、このペルー軍に入隊したというのは、後に嘘であると判明する。


2003年、パブロは日本に行こうと考え、約3万円を支払う事で、日本国籍を所有する人と養子縁組を行い、『ナカダ』の名字を取得する。

尚、パブロの兄弟も『ナカダ』の名字を持っている。


2000年頃からパブロは殺人を始める。

パブロが標的にしたのは、麻薬中毒者や売春婦、同性愛者などで、ゴムのスリッパを使って製作した自作のサイレンサー付9mm銃で、上述した人間を次々と射殺した。


こうしてパブロは2000年から2006年までに、20人以上を殺害した。


2006年12月28日、警察は一連の犯行をパブロの仕業だと断定し、パブロの職場に向かった。

すると、パブロが警官を見るなり発砲。

パブロと警官による銃撃戦となるが、パブロの弾が尽き、逃走を図るが逮捕された。

この銃撃戦で警官1人が負傷した。


逮捕されたパブロは、殺害動機について

「世界を浄化する為に神の命令で麻薬中毒者、売春婦、同性愛者らを殺した」

と語った。


取り調べにパブロは今まで25人殺害した事を自供したが、確認がとれたのは17人であった。

ただし、警察は被害者は25人以上であると推測している。


パブロの事件が公になると、ペルー全土が震撼し、パブロは『死の使徒』と呼ばれた。


2008年、裁判でパブロには懲役35年が言い渡された。

余談だが、現在、日本の熊谷市で起きている6人殺害事件の犯人ナカダ・ルデナ・バイロンジョナタン (30歳) は、このパブロの弟である。



∽ 総評 ∽

約7年ほどで20人以上殺害したパブロ。

ペルーは南米の中では比較的異常な殺人鬼は少ない方で、このパブロで最悪と呼ばれるほどであった。

パブロがこれほどの異常な性格になったのは、幼少時の虐待が根底にあると思われる。

シリアルキラーの多くが子供の頃に動物虐待を行うが、大概が犬や猫といった比較的小型の動物を狙うのに対し、パブロの場合は牛や馬といった大型の動物を狙った。

これは動物虐待の獲物としては極めて珍しい。

現在、熊谷市でパブロの弟が6人殺害した事件で話題が持ちきりだが、彼は職場をこの兄パブロの存在で失ったと発言している。

その点だけは可哀想ではあるが、異常な家族を持った故の不幸であり、こればかりはどうしようもない (宮崎勤の家族も同じく不幸になっている) 。

今後、熊谷市の事件はどのように推移するか、個人的に注目していきたいと思う。



§ 追伸 §

パブロは現在、話題の殺人事件の犯人の兄であり、このパブロもその影響で話題に上がり、知っている方も多いと思います。

今回、知らない方もいらっしゃるかと思い、緊急掲載に至りました。

知らない方の参考になればと思います。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 25人以上

《犯行期間:1990年、2000年~2006年》