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マイケル・ガリェーゴス (アメリカ)
【1971~ 】



マイケル・スティーブン・ガリェーゴスは、1971年11月10日、アメリカで生まれた。


ガリェーゴスは成長するにつれ、薬物中毒となり、また、アルコールにも依存するようになった。


1990年3月16日、ガリェーゴスは、姪であるキンドル・ウィション (8歳) を襲った。


ガリェーゴスはウィションを強姦しながらウィションの口と鼻を押さえ、窒息死させた。


ウィション殺害後、ガリェーゴスはウィションの死体をベッドまで運んだ。

そして、ウィションの死体の肛門を犯した。


ガリェーゴスは一通り行為を終えた後、自ら警察に出頭し、ウィション殺害を自供した。


裁判ではガリェーゴスは、事件当時、薬物とアルコールによって精神喪失状態であったとして、無罪であると弁護側が述べた。

また、素直に出頭したことも酌量される点だと述べた。


1991年5月24日、ガリェーゴスには責任能力があるとして、死刑の判決が言い渡された。



∽ 総評 ∽

自身の姪を強姦して殺害したガリェーゴス。

しかも、殺害後に死姦しただけでなく、肛門姦という異常さであった。


ガリェーゴスが異常になったのは薬物とアルコールによるものと思われるが、そもそもそれを理由に「精神喪失で無罪」というのはどうなのだろうか?

薬物もアルコールも生きていく上で絶対必要なものではない。

薬物もアルコールも誰かに摂取させられたわけではなく、本人の意思で薬物やアルコールに手を出したのだ。

それなのに、精神喪失と言われて納得出来る人などいるはずもない。


ガリェーゴスに対する記事が少な過ぎる為、ガリェーゴスの幼少時や家庭環境がどうだったのかがよくわからないが、恵まれた環境でないのは間違いないと思われる。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:1990年3月16日》