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ジバリー・ウォン (アメリカ)
※出身はベトナム
【1967~2009】



ジバリー・アンタレス・ウォンは、1967年12月8日、南ベトナム共和国の華族の家系に生まれた。


ウォンが初めてアメリカ・ニューヨーク州に来たのは1980年代後半の20歳前後の時で、その後、母国を離れてカリフォルニア州に移住する。


1992年、ウォンは詐欺を働き、軽犯罪法違反で逮捕されている。


1995年11月、正式にアメリカ市民になっている。


1999年、ウォンはカリフォルニア州イングルウッドに移住し、そこでウォンは結婚するも、ほどなくして離婚している。


ウォンはロサンゼルスにある『Kikka Sushi』という食品宅配会社で、配達人として約7年間働いた。


2007年7月のある日、7年間働いていた職場に出勤せず、同じ月、ニューヨーク州ビンガムトンに移住する。


ビンガムトンに移住したウォンは、地元の『Shop-Vac』という会社の掃除機工場に、工場が閉鎖される2008年9月まで働いた。


そして、ついにウォンは凶行に出る。


2009年4月3日午前10時半頃、ウォンはアメリカ市民協会ビルに、車でバリケードを築いた。

ウォンは防弾チョッキと、緑色のナイロンジャケットを着用した。


その後、ウォンは進行方向のビル正面出入口に向けて、手始めに銃を発砲する。


そして、ビル内に侵入したウォンは、受付係の2人に発砲。

受付係の1人は頭を撃ち抜かれ死亡し、もう1人は腹部を撃たれるも死亡してはおらず、死んだふりをしてやり過ごした。


午前10時38分、ウォンがその場を離れた後、腹部を撃たれた受付係が911に連絡した。

その受付係はシャーリー・デルシア (61歳) と言い、シャーリーは怪我を負っているにもかかわらず、現場の状況を伝え続けた。

シャーリーが言うにはウォンは、何も喋らず、無表情でただひたすら撃ち続けていたという。


受付から離れたウォンは、ESLクラス (英語が母国語ではない、第2外国語として英語を学ぶ人のクラス) が開催されていた教室に向かう。

その場にいた全員がウォンからの銃撃を受け、ここでの被害が最も多いものとなった。

ウォンは生徒何人かを人質に取り、教室内に立て籠った。


911の連絡から警察が数分で現場で到着すると、非常用のサイレンを鳴らした。


そのサイレンを聞いたウォンは観念し、銃を自分に向けて発砲し、自殺した (ただし、この時点ではウォンが死んでいる事を警察は知らない) 。


警官たちはビルの私有地周辺に留まり、ビルの近くにあるビンガムトン高校といくつかの通りを封鎖して厳戒体制を敷いた。


SWATが現場に到着し、ビル内に侵入すると、ウォンの死体を確認する。

人質の内、数人は地下に逃走し、10数人以上がクローゼットに隠れていた。


ウォンの死体からはいくつもの武器が見つかり、腰バンドからは猟刀、首には弾薬が結び付けられていた。

また、45口径ベレッタと9mmベレッタの2丁のセミオート銃も発見された。

更に、現場にはいくつもの未使用の弾薬と、空になった弾薬、レーザー照準付きの銃も残されていた。


午後2時33分には、SWATはビルの障害物の処理と、ビル内の人々の避難を全て終わらせた。


最終的に被害は死者13人、負傷者4人となり、死亡したのは職員1人の移民者12人であった。


ウォンが放った銃弾は全部で99発であり、9mmベレッタが88発の45口径ベレッタが11発であった。


事件を起こした動機だが、本人はすでに亡くなっている為、本当の所はわからない。

ただ、ウォンは長いアメリカ生活において、英語での会話に苦戦し、英語能力の低さにより仕事を失ったことがあった。

この事はウォンに相当なショックを与えた。

また、ニューヨーク州での仕事がなかなか見つからなかった事で、精神的に追い詰められていた。

これらの要因がウォンを追い詰め、凶行に走らせたのだと推測された。


掃除機会社で働いていた時、同僚に

「社長を殺す」

と話したことがあった。

ただ、同僚からの評判は悪くなく、
「彼は物静かで、暴力的な所は一切なかった。彼がそんなことをするなんて信じられない」
と語っている。


最後にウォンが会社の同僚に言った言葉で終わりたいと思います。

「アメリカは最低だ」



∽ 総評 ∽

アメリカ生活に馴染めず、精神的に追い詰められ凶行に出てしまったウォン。

アメリカという国が最低かどうかは、色々意見があるだろうが、確かに慣れない異国での生活は大変だったろうし、一部のアメリカ人から軽蔑や偏見を受けたのかもしれない。

ただ、アメリカに移住したのはウォンの意思であり、誰かに頼まれて移住したわけではない。

自分の意思で好き勝手に移住し、それで馴染めませんと言われても、冷たい言い方かもしれないが、はっきり言って知った事ではない。


ウォンのように他国に移住し、精神的に追い詰められ凶行に走るシリアルキラーは比較的多い。

子供の時に親と一緒に強制的に異国に移住させられ、馴染めないというのであれば、同情の余地も多少はあるが、このウォンに限ってはそれは微塵もない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・特異性 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・殺人数 13人
(負傷者4人)
《犯行期間:2009年4月3日》