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エド・ゲイン (アメリカ)
【1906~1984】



本名エドワード・セオドア・ゲインは、1906年8月27日、アメリカ・ウィスコンシン州バーノン郡で、父親ジョージ、母親オーガスタの第2子として生まれた。


父ジョージは重度のアルコール依存症で、何度も失業していた。

母オーガスタは狂信的なルター派信者で、禁欲的で極めて厳格的な性格であった。

その為、オーガスタはゲインにその厳格さを押し付け、禁欲的な生活を強いた。

「女性との性交渉は諸悪の根源だ」
と、ゲインを厳しく躾た。


ゲインにとって母親は絶対的な存在であり、溢れる性衝動を無理矢理抑えて成長していった。

その性欲と禁欲の葛藤の中、ゲインは歪んだ性格になっていく。


ゲインは人の良いおとなしい人物に成長する。

だが、成人して大人になったゲインに対しても、オーガスタは相変わらず抑圧的な生活を強いた。


オーガスタは小さな食料雑貨店を経営しており、その後、ウィスコンシン州プレインフィールドの街外れに永住の家となる農場を買った。


オーガスタがこの農場を買った理由は、部外者が訪れ、子供たちに悪影響を及ぼさない為であった。


オーガスタにとっての外の世界のあらゆる存在という存在が「悪徳」と「堕落」であった。

その為、オーガスタはゲインらに性器を「悪の象徴」と諭し、全ての堕落の源であると教え込んだ。

その苛烈さは、ゲインたちに自らの性器に唾を吐くことを強要するほどであった。


そして、ゲインたちには大雨が降るたびにノアの方舟の話をして、
「世界の終わりが来た」
と聞かせた。

「淫らな服装をして男たちを誘う女だらけのこの世は腐りきっており、近いうちに神が世界を破滅させるだろう」
という終末論も聞かせ、ゲインたちを恐怖で支配した。

「若い女は不潔で汚らわしく、堕落していて邪悪な存在だ。女たちには指一本触れるな」
として、ゲインたちに女性との関わり所か、友達を作ることすら禁じた。


また、オーガスタはゲインたちに、父ジョージのようになってはならないと言い聞かせ、自分がジョージと暮らした事でどれほど不幸になったかを語り、ゲインたちにも父の死を祈らせた。


オーガスタの歪んだ教育によって、ゲインは同年代の子供とほとんど話すことがなかった。


そんな異常な教育を植え付けていたオーガスタを、ゲインは心から愛していた。


1944年5月16日、ゲインの兄ヘンリーが山火事の事故に遭い死亡してしまう。

当時は単なる事故として処理されているが、現在ではゲインによって殺害されたとする説が有力である。

その理由として、ゲインはヘンリーに
「お前は母に近過ぎる」
と批判された為、ゲインがヘンリーを殺害したと言われている。

それほど、ゲインは母親に対して倒錯した愛情を抱いていたのである。


ヘンリーの死後、ゲインはオーガスタと2人で暮らすようになった。

この時期がゲインにとって最高に幸せな時期であった。


しかし、ヘンリーの死後まもなくしてオーガスタが病気で倒れた。

ゲインはオーガスタを懸命に看病した。

ゲインにとってオーガスタは全てであり、オーガスタ亡くしての生活をなど考えられなかったからだ。


だが、必死の看病のかいなく、1945年12月29日、オーガスタは脳卒中で死去する。

葬儀の場で、ゲインは人目もはばからず号泣した。


オーガスタかいなくなり、農場に1人取り残されたゲインに待っていたのは完全な孤独であった。

普通なら抑圧してきた母親が死んだ事により、窮屈な生活から解放され、ゲインはまともな人生を歩んで行くかのように思われた。


だがゲインはそうではなかった。

唯一無二の絶対的な存在であった母親の死は、ゲインにとってはとても受け入れ難い事であり、これを期にゲインの精神はショックと孤独から破綻していく。


ゲインは農場に住み続けたが、近隣の農場の収穫の手伝いに顔を出したり、ベビーシッター等の臨時の仕事や、アメリカ農務省から支給される補助金で静かに暮らした。


ゲインは家の居間や応接間には手をつけず、母親の部屋を神聖な場所と考え、床を板張りにして使用した。


ゲインは基本、引きこもりではあったが、近隣の社会活動には時折参加し、物静かで礼儀正しく、丁寧な口調で汚い言葉や他人の悪口を言わなかったので、近隣住民からの評価は高かった。

「少し変わり者だが善良な隣人」
として信頼の置かれるような存在であった。

ゲインは酒も飲まず、村の子供たちからはベビーシッターとして人気が高かった。


だが、ゲインの本性はそうではなかった。

ゲインの秘めたる凶気は、すでに始まっていたのである。


②に続く