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アドルフォ・コンスタンツォ (メキシコ)
【1962~1989】



1962年11月1日、アメリカ・フロリダ州マイアミで生まれた。


コンスタンツォの母親は、コンスタンツォを生んだ時、まだ15歳でキューバ系移民であった。

そんな母親は『パロ・マヨンベ』というアフリカの邪悪な宗教を崇拝していた。

この『パロ・マヨンベ』は、ブードゥー教の流れを汲む「サンテリア」とキリスト教と悪魔崇拝、そして、16世紀のアズテック文化で信じられた魔女 (ブルハ) 信仰が融合した宗教で、コンスタンツォをは生後わずか6ヶ月で、ハイチ人司祭から洗礼を受けた。


コンスタンツォの両親はコンスタンツォを「選ばれし者」だと信じ、『パロ・マヨンベ』の頂点に立つ人間になるよう教育する。


特に熱心だったのは母親で、コンスタンツォがまだ幼い頃から動物を拷問し殺害する方法を教えた。

また、コンスタンツォに
「良心の呵責など持つな!」
と叩き込んだ。


実の父親、そして、再婚した男性と相次いで母親の夫が死ぬと、母親は別の男性と再々婚する。

その相手は麻薬売人でありオカルト信仰者でもあった為、コンスタンツォはその影響で黒魔術の儀式を実践するようになる。


コンスタンツォは成長すると、ゲイバーを渡り歩き、軽犯罪に手を染めた。

『パロ・マヨンベ』の儀式に人間の生け贄が必要であると、ハイチ人司祭に言われ、墓場を荒らすようにもなった。


1981年、レーガン大統領暗殺未遂事件を予言したとして、自身に超能力がついたと錯覚し、1983年、悪魔と誓約を交わし、『パロ・マヨンベ』の一人前の司祭となった。

儀式には生きた動物の生け贄が必要で、儀式を執り行えば無敵になれると信じられた。


1984年、コンスタンツォはメキシコに移り住んだ。

ここで麻薬の密売を行ったが、コンスタンツォはそういった相手に自分が儀式を行えば捕まらないと説いた。


1986年、コンスタンツォの教えに魅了された信者が増え、富と権力を手に入れたコンスタンツォはこの頃から暴走を始める。


同年、コンスタンツォは拠点をアメリカ・テキサス州とメキシコ・マタモロスとの国境の牧場へ移す。

コンスタンツォの教えに従うのは裕福な家庭で育った若者が大半であった。

当初は信者達は鶏や山羊、亀などを生け贄にし、麻薬の密売を行った。


しかし、コンスタンツォはその程度では満足しなくなっていく。


コンスタンツォは大きな麻薬の密売の時には、人間の生け贄が必要だと説き、信者に生け贄を要求。

信者達が生け贄の人間を拉致してくると、コンスタンツォが鉈で切り殺し、その死体を使って血まみれの儀式を行った。

そして、その人間の知恵や記憶を得られると信じて、生け贄の脳を料理し食べた。


こうして信者達はマタモロスで2年間、最低でも13人を拉致し、殺害しては生け贄として捧げた。


1989年3月13日、コンスタンツォは

「大学生の脳を食べれば知的レベルが上がる」

と言い出し、信者達はテキサス大学に通うマーク・キルロイ (21歳) を誘拐する。

コンスタンツォはキルロイも鉈で殺害し、脳を信者達と一緒に食べた。


儀式の際は、コンスタンツォから「高位尼僧」の地位を与えられている、魔女サラ・アルデレーテ・ビアレアル (24歳) が、コンスタンツォと淫猥な行為を演じるのが定番であった。

サラはキルロイと同じくテキサス大学に通う女学生で、モデルのようなスラリとした長身の美女であった。

しかも、サラは大学の成績も優秀で、真面目に大学に通う模範生であった。


だが、キルロイを殺害したことがコンスタンツォの悪行に引導を渡す事となる。

キルロイの両親は政界に強い影響力を持つ有力者で、アメリカ政府からメキシコ政府に強い圧力か掛かった。


メキシコの警察は必死に捜査を進め、麻薬密売グループの4人を逮捕する。

その4人がコンスタンツォのカルト教団信者であると判明し、教団内の牧場を捜査した警察は15体ものバラバラ遺体を発見する。

また、儀式の祭壇に供えられた鍋の中には、山羊の頭や亀の肉等と共に、煮込まれた人肉を発見する。


逮捕した麻薬密売の信者は
「この9ヶ月で14人殺した」
と得意気に語り、コンスタンツォの事も話した。


警察はコンスタンツォを逮捕しようとするが、すでにコンスタンツォは逃亡した後だった。


しかし、同年5月6日、4人で潜伏していたアパートを警察に突き止められ、動揺したコンスタンツォは警官に銃を発砲し、警官は応援を要請。

アパートには180人もの警官が包囲し、45分間にも渡り銃撃戦を繰り広げた。


観念したコンスタンツォは、信者に

「自分を撃つように」

と命じ、
「教祖は不死身だ」
と信じていた信者の放たれた銃弾により、コンスタンツォは死亡した。


残された12人の信者たちは、殺人罪、武器の不法所持、麻薬犯罪などの多重罪で起訴され、それぞれの罪により有罪判決を受けた。


サラは禁固30年の判決を受け、現在もメキシコにて服役中であるが、仮に出所した場合でも、今度はアメリカ当局がサラを起訴する予定であり、今後、2度とまともな生活ができることはない。



∽ 総評 ∽

自身には超能力があると信じたコンスタンツォ。

コンスタンツォは幼少時から親の影響で異常性が身に付いてしまった。

子供の頃から躾されれば、それが当たり前だと思い、何の疑いを持つこともないだろう。

そう言った意味ではコンスタンツォも可哀想ではある。


コンスタンツォの教えは不死身になれるということで、教祖のコンスタンツォは不死身であると、信者たちは信じていたが、実際は呆気なく死んでしまった。

その瞬間、信者たちは目が覚めたであろうが、時すでに遅かった。

愚人を信じた己の責任である。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★★☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・特異性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 15人
(一説では25人以上)
《犯行期間:1986年~1989年3月28日》