image














レナード・レイク (アメリカ)
【1945~1985】



image











チャールズ・イング (アメリカ)
【1960~ 】



1945年10月29日、アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコで生まれた。


レイクの両親の家系には精神病や、アルコール依存症などの人間が多く、問題ある家系であった。


レイク6歳の時、祖父母に預けられて育てられたのたが、この祖父母は問題があり、祖父はアルコール中毒で、祖母は狂信者であった。

そんな祖父母にレイクは虐待されて育った。


レイクは海兵隊員としてベトナム戦争に従軍したが、この戦争で精神が完全に歪み、帰国後はSMポルノを製作し、販売する業者となった。


レイクは各地を転々として生活するが、ある時、ベトナム戦争に一緒に従軍した戦友チャールズ・グーナーを殺害する。

そして、別の土地でグーナーとして暮らし始めた。


禿げて顎髭を蓄えたレイクは、表向きは老人ボランティア団体の職員で、他に消防団員をするなどして地域に貢献していた。

周囲の評判も良かったのだが、グーナーとしての生活がばれるのを恐れ、レイクを頼ってきた弟を殺害してしまう。


レイクは核戦争で世界が壊滅した後、自分が生き残り新たな秩序を作る、という妄想を抱いていた。

その時に備え、シェルターを作り、食料と武器、そして、性奴隷を備蓄するという計画を立てる。


これらを集めている時に出会ったのが、イングであった。


イングは1960年12月24日、香港の裕福な家庭に生まれた。


裕福ゆえか子供の頃から問題児だったイングは、数々の非行を重ねて何度も学校を退学させられた。


その後、イギリスに留学したが、18歳の時にアメリカに渡る。

アメリカに来てからしばらくは何もせず生活していたが、急に海軍に入隊。


しかし、軍内で武器を盗み、それがバレてしまい逮捕されるが、裁判前に逃亡する。

そんな時に出会ったのがレイクであった。


1984年、レイクとイングは、コンクリート製のシェルターを建設する。

そして、外に出て女性を物色してはシェルターに連れ込み、全裸にしては拷問の限りを尽くした。

その拷問の様子をSMポルノ用に撮影しては売り捌いた。


また、性奴隷として女性を監禁し、レイクとイングは散々女性を犯した。

飽きるとナイフで切り刻んで殺し、その殺害の様子も撮影してスナッフ・フィルムとして販売した。

死体は近くに埋めるか、煮込んでスープにして食べたりした。


子連れの母親を拉致した時は、母親を殺した後に、子供を拷問して殺害する所を撮影したこともあった。


こうして、レイクとイングによる犠牲者は25人にも及んだ。


1985年6月2日、イングが万引きで職務質問されると、レイクも銃を無許可で所持しているのがばれ、逮捕される。


同年6月6日、警察署で尋問を受けていたレイクは水を求め、隠していたシアン化物を飲み、自殺してしまった。

享年39歳であった。


警察が改めてレイクの家を捜索すると、殺人フィルムの他、克明に記録された殺人日記が発見され、その記述により近所から19体もの死体が発掘された。


イングは同年7月6日にカナダで逮捕され、1999年5月3日、11件の第一級殺人で有罪判決を受け、死刑が宣告された。

イングの刑は未だ執行されていない。



∽ 総評 ∽

女性を独自の核シェルターに拉致しては次々と強姦しては殺害していったレイクとイング。

コンビでの殺人は異常性が増し、暴走により被害者数が増える傾向にある。


レイクは終末思想に被れたが、レイクが過ごした時代は冷戦時代真っ只中であり、レイクがそのような思考になったのは、それほど不思議なことではない。

しかし、食料などの備蓄はわかるが、女性を拉致して強姦しては殺害するというのは、ただ、自らの欲望を満たすだけに過ぎず、鬼畜というほかない。


ただ、レイクは悲惨な幼少時を過ごした為、異常者となった可能性があるが、イングは裕福な家で特に問題のある家庭ではなかった。

その為、レイクにはまだ多少の同情の余地はあるが、イングには少しの同情の余地はない。



【評判】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 25人

《犯行期間:1983年~1985年》