ハンス・ヴァン・ゾン (オランダ)
【1941~1998】
1941年3月6日、オランダ・ユトレヒトで生まれた。
ハンスの母親は、夫が社会的に低く見られる労働者であることに、いつも負い目を感じていた。
母親はハンスには夫とは違い一角の人物になってもらいたいと、偉い人になるよう幼い頃から言い続けていた。
その為、ハンスは典型的なお母さん子として育った。
しかし、ハンスはおとなしく覇気の乏しい子供で、年下の子と遊ぶのが好きであった。
ハンスは自閉症気味で、周りにあまり興味を示さなかった。
学校を卒業後、仕事に就いてはクビになったのだが、それが何度か続いた。
クビになった原因は、ハンスの虚言癖であった。
そもそもハンスは空想の世界に浸るのが好きであった。
16歳の時、オランダの首都アムステルダムに行く。
そして、高価な服を買い、口先だけで世渡りするようになる。
しかも、自分を学生と偽って生活した。
ハンスはカトリックの学校に行くと言って、カトリックの僧侶から借金する。
しかし、学校に入った直後に逃げ出した。
1964年9月、ハンスはついに殺人を始める。
エリー・ハーゲル・セーコブという女性を町へ連れ出し、最終の列車に間に合わなかったと称してエリーの家に行った。
すると、ハンスは急にエリーを殺したいという衝動が込み上げてきた。
エリーの家に泊まる事になったハンスは、ことを終えた後、エリーの首を絞めた。
そして、エリーの服を脱がせ全裸にし、パンを切るナイフでエリーの喉を切り裂いて殺害した。
後のハンスの自供によれば、1965年にアムステルダムで、ホモの映画監督クロード・バークレーを殺害した (しかし、後に撤回している) 。
1965年4月、つかず離れずの関係にあったコビー・ヴァン・デル・ボールトという女性を殺害。
ハンスはコビーに強力な睡眠薬を無理やり飲ませ、それから鉛の管でコビーを撲殺した。
しかも、ハンスはコビーの死体と屍姦を試みている。
1967年5月31日、ハンスはヤン・ドンゼの仕事場に行き、80歳の花火職人を同じく鉛の管で殴り殺した。
同年8月、ヘースヴァイクに1人で住んでいたライア・デ・ブルインという農夫を殺害。
ハンスはライアを鉛の管で殴り、喉を切り裂いた。
しかし、次にウォールトマイアという未亡人を狙い、襲いかかり、金を奪った。
だが、ウォールトマイアは死んではおらず、すぐに警察に通報したのだ。
この女性の証言によりハンスは逮捕された。
裁判でハンスには終身刑が言い渡された。
1998年5月11日、ハンスは死去する。
享年57歳であった。
∽ 総評 ∽
特に理由もなく5人も殺害したハンス。
ハンスのように嘘つきで虚言癖のシリアルキラーは多い。
1人は殺害した後に金品を奪っているが、ハンスはただ殺しただけだった。
しかも、ハンスは殺人にこれといったこだわりを一切見せず、全く主張がなかった。
ただ、鉛の管で殴り喉を切り裂くというのはほぼ共通しており、殺害方法には唯一のこだわりを見せている。
また、ハンスがこれほどまでの狂気を秘めた理由もよくわからない。
もしかしたら、母親が「夫と違い立派な人物になって欲しい」というプレッシャーにより、精神に異常をきたしたのかもしれない。
【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 5人
《犯行期間:1964年9月~1967年8月》
コメント
コメント一覧 (3)
嘘つきは泥棒の始まりで最終的に殺人ま
そういう人もいるかもしれませんが、とても理解は出来ませんね。