image








ジョン・ロッター (アメリカ)
【1971~ 】



image









トム・ニッセン (アメリカ)
【1971~ 】




1972年12月、ブランドン・ティーナは姉1人の母子家庭に生まれた (本名はティーナ・ブランドンだが、後に自らで改姓した) 。

父親は交通事故ですでに他界していた。


女の子っぽい姉とは対照的に、ティーナ幼い頃からお転婆で、成長するにつれ女の子らしからぬ問題児であった。

男の子の服を着て女の子とデートをしたり、男として陸軍への入隊を試みるほどであった。


実はティーナは幼少期に男性の親戚に強姦されていたことがあった。

その影響もあり、人格が変わってしまったティーナを心配して、母親が病院へ連れて行くと『性同一性障害』と診断される。

その場で性転換手術を薦められた。


1993年、ティーナは家を出て、隣町のフォールズシティに移り住む。

誰も知らない場所で男として生きていく為だった。


この場所で初めに仲良くなったのが、リサ (24歳) というシングルマザーで、家に泊まりに行くほどの仲であった。

そのリサの仲間がロッターとニッセンであった。

ロッターとニッセンは刑務所から出てきたばかりで、他にマドンナ的な存在であるラナ (19歳) の5人でよく一緒にいた。


酒を飲んだり時には喧嘩したりと、ティーナはロッターとニッセンと友情を深めていく。

また、ティーナはラナと恋に落ちる。


しかし、永遠の友情と思えた関係があっけなく終わりを迎える。

10代の頃に手を染めた小切手の偽造により逮捕され、ティーナが女性であるということがバレてしまったのだ。


保釈金を払いに行ったラナは、留置所の女性区にいるティーナを見て大変なショックを受けるが、

「自分は性転換手術を待つ両性具有者だ」

というティーナの説明を理解し、受け入れる。


しかし、ロッターとニッセンは怒りが収まらず、気の置けない親友と思い、親しく付き合ってきた為、裏切られたとの思いが強かった。

そして、ついに事件が起きてしまう。


1993年12月25日夜、ロッターとニッセンがティーナを拉致し、町外れの精肉工場で暴行を加えた挙げ句、肛門姦まで行う。

そして、ロッターとニッセンは
「黙っていれば友情は続く。誰かに言えば永遠に話せなくしてやる」
とティーナを脅し、ティーナはそれに従って何とか逃げ帰る事ができた。


しかし、そんなティーナの怪我を見て、ラナはティーナを病院に連れて行き、警察に被害を訴えた。

だが、対応した保安官がロッターとニッセンを捕まえる所か、ティーナを変態扱いした挙げ句、ティーナに対して屈辱的な質問を上げ連ね、ロッターとニッセンに電話をかけ、ティーナが警察にいることを話してしまう。


言い付けをすぐに破ったティーナに、ロッターとニッセンが激怒。

2人はティーナ殺害を決意する。


同年12月31日、酒とヤクでテンションを上げた2人は、ティーナがいるリサの家に向かう。

家に入った2人はティーナを射殺。

更にリサとたまたまその場に居合わせたラナの姉のボーイフレンドまでをも殺害する。


翌日の1994年の元日、ロッターとニッセンは逮捕された。


裁判でティーナを含む3人の殺害を、一体どちらが直接手を下したかが争点となった。

ニッセンが司法取引に応じ、3人を撃ったのはロッターだと証言した。


判決で現場にロッターのナイフがあったこと、殺害計画をロッターから直接聞いた証人がいたこと、そして、ニッセンの証言が決め手となり、ロッターには死刑が言い渡された。

司法取引に応じたニッセンは終身刑が言い渡された。


現在、ニッセンは服役中で、ロッターの死刑は今だ執行されず、本人は無罪を主張している。

射殺するどころか自分は車で待機していて現場にすら行ってないと主張している。



∽ 総評 ∽

ロッターとニッセンの気持ちもわかる。

特に親友とまで思っていたのなら、その反動で余計に怒りが強くなるであろう。

ただ、ティーナを肛門姦したり脅したりと、いくら裏切られたという怒りの行動だとしても、いくらなんでもやり過ぎで、とても許される事ではない。

しかも、ティーナだけでなくそこに居合わせた2人も殺害するとは、とても裏切られたなんていう言い訳は通用しない。

所詮、刑務所帰りの2人は、その程度の精神性しかなかったということだ。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★☆☆☆☆☆
・殺人数 3人

《犯行期間:1993年12月31日》