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メアリベス・ティニング (アメリカ)
【1942~ 】



1942年9月11日、アメリカ・ニューヨーク州デュエインズバーグでメアリベスは生まれた。


ニューヨーク州のスケネクタディで看護助手として働いていたメアリベスは、1965年にジョー・ティニングと結婚した。


結婚後、5年間で子供2人を生み、幸せな生活を送っていたが、3人目の次女ジェニファーを生んでから、ティニング家の悲劇が始まる。


ジェニファーが生まれてわずか1週間で、出血性髄膜炎で急死してしまったのだ。

幼い子供を失い、失意に暮れるメアリベスだったが、家族や友人達から同情が集まり、メアリベスは多くの人から慰められた。


しかし、この周囲からの同情が、メアリベスを異常な精神へと誘っていく。

メアリベスは周囲からの同情に、異常なほどの快感を覚えてしまったのだ。

同情されている時の自分は、紛れもなく「主役」であり、しかもそれは、自分だけに向けられ、自分1人が独占できる時間である。

その事にメアリベスは完全に目覚めてしまったのだった。


ジェニファーが死んでわずか3週間後、2人目の子供であるジョーイ (2歳) が謎の死を遂げる。

ジョーイは医師に
「レイ症候群による突然死」
と診断された。


再びティニング家で葬式が行われ、立て続けの子供の死に、多くの弔問者がメアリベスを慰めた。


だが、ティニング家の悲劇はこの程度では終わらなかった。


葬式から6週間後、今度は長女バーバラが死んでしまった。

医者は「自然死」と診断し、4歳の少女がそう簡単に自然死するのか疑問に残る所だが、3回目ともなると、メアリベスの立ち振舞いは手馴れたものであった。

その様子を見た葬式の出席者は、まるでパーティーの主役ように見えたという。


この時点でティニング家には子供はいなくなったが、夫のジョーはメアリベスを励まし、もう一度子供を作り、家庭を立て直そうと試みる。


1973年、ティニング家は4人目の子供を授かるが、この子も3週間後に死亡した。

死因は「SIDS (乳児突然死症候群) 」とされた。


その後、5人目も授かるが、この子も生後まもなく死亡。

メアリベスは

「私の遺伝子に欠陥があるのかもしれない。そのせいで子供が次々死ぬんだわ」

と言った。

その為、夫婦はマイケルという名の養子を迎え入れる。

同時にメアリベスには6人目の子供が出来てきた。


しかし、その6人目の子供も生後間もなく死に、養子のマイケルもほどなく死亡する。

ここまではまだ、メアリベスに同情する人はいたが、7人目と8人目の実子が生まれてすぐに死亡すると、さすがに疑問の声が投げ掛けられた。


1985年、ティニング家に9人目の子供タミー・リンが生まれた。

だが、タミーも生後3ヶ月後の12月19日に死亡した。

このタミーの死で、夫ジョーの妹が警察に通報する。


タミーの遺体は司法解剖にかけられ、何者かによる窒息死であると断定される。

そして、これまでの経緯からメアリベスが重要参考人として逮捕され、メアリベスが自分の子供達を次々と窒息死させていたことが判明する。

裁判でメアリベスは有罪判決となり、終身刑が言い渡された。


2018年8月21日、メアリベスは仮釈放された。



∽ 総評 ∽

このメアリベス・ティニングのような症状を「代理ミュンヒハウゼン症候群」と言い、立派な精神疾患である。

この病気になる人には、幼少時に親からの愛情が薄かった人が多い。

子供の頃に誰からも注目されなかった為、突如、周囲から同情などされると、それを快感に感じてしまうのだ。

ただ、この精神疾患の怖い所は「代理」とついている所で、代理なのでそれは自分以外の他人を対象とすることに他ならない。

通常のミュンヒハウゼン症候群の場合は、自らを痛めて注目や同情される事に快感を覚えるが、代理ミュンヒハウゼン症候群の場合は、大抵が我が子が標的となる。

この代理ミュンヒハウゼン症候群は、ほとんどが女性で、男性がかかることは非常に少ない。

また、日本ではこの病気になると、じつに87%の子供が殺されるという恐ろしい病気なのである。

ただ、不謹慎かもしれないが、いくら同情を買う為といえど、その為に8人の子供をわざわざ産むメアリベスの体力は凄まじいと言える。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★☆☆
・残虐度 ★★★★☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・殺人数 8人