image













ウェスリー・アラン・ドッド (アメリカ)
【1961~1993】



1961年7月3日、アメリカ・ワシントン州トッペニッシュでドッドは生まれた。


ドッドは10代の頃にはすでに

「男の子にいたずらをしたい」

と思うようになった。


最初は自分の勃起した陰茎を子供に見せて喜んでいたが、20歳を過ぎる頃になると、それだけでは満足できなくなり、少年にいたずらし、レイプするようになる。


26歳までに10人以上をレイプしていたが、被害者の少年たちに訴えられ、逮捕される。

裁判でドッドには10年の刑が言い渡され、アイダホ刑務所に収監される。


しかし、何故かドッドはわずか4ヶ月で保釈されてしまう。

刑務所暮らしが肌に合わず、うんざりしたドッドは、

「2度と刑務所には入らない」

と心に決める。

だが、それは犯罪を犯さず真っ当に生きるということではなく、

「前に捕まったのは、少年たちをレイプしただけで生かしておいたからだ。殺してしまえば証拠もなく逮捕されない」

と考えたのだった。


1987年、シアトルにてドッドは少年を襲うが失敗し、またしてもドッドは刑務所に入ることになる。

今回も短期間で保釈されるが失敗を

「まだ本気で少年を殺す気持ちが足りなかったからだ」

と反省し、少年を殺害するイメージを何度も想像し、トレーニングした。

わざわざ殺人の方法を分類したリストを作成していた。


1989年、ワシントン州ヴァンクーバーに現れたドッドは公園に行き、公園で遊んでいたコール (11歳) とコリー (10歳) のニール兄弟を襲い、2人をレイプする。

そして、今度は躊躇もなくナイフで2人共に刺し殺した。


初めての殺人に興奮を抑えられないドッドは、死体を部屋に運び、記念写真を撮った。

その写真を自分で現像し、アルバムに貼った。

殺害の様子を克明に日記に書いて記録した。


この時からドッドは一日中、子供を殺すことばかり考えるようになる。


ドッドは殺人を我慢していたが、それは1ヶ月しかもたなかった。

遊園地に向かったドッドは、リー・イセリ (4歳) を誘拐し、部屋で凌辱の限りを尽くし、ロープで絞殺する。

イセリの死体の首にロープを巻き、ベッド・ルームのクローゼットにぶら下げ、記念写真を撮り、前回同様アルバムに貼った。


しかし、2週間後、映画館で男の子を誘拐しようとして失敗し、ドッドは逮捕されてしまう。


逮捕されたドッドは少年3人の殺害を自供した。


そして、裁判でドッドには3件の殺人により死刑が言い渡された。


アメリカでは死刑方法を本人が選択できるのだが、ドッドは絞首刑を選択する。

しかし、これが世間を騒動の渦に巻き込む。

死刑反対論者が
「絞首刑は人道的ではない」
と、ドッドの死刑に反対したのだった (アメリカでは絞首刑は一般的ではなく、基本は電気椅子か薬殺である) 。


だが、1993年1月5日、ワシントン州ワラワラ刑務所にて刑が執行された。

享年31歳。



∽ 総評 ∽

レイプだけで解放した事により、逮捕されたことから殺人も行ったドッド。

わざわざ殺人のイメージ・トレーニングをする念の入れようだった。

ドッドのように小児を愛する人物をペドフィリアと言うが、シリアルキラーの中には多く存在し、それほど珍しいということはない。

ドッドは死体と一緒に撮影し、それをアルバムに保存したが、これもシリアルキラーとしてはそれほど珍しいことではない。

ドッドはシリアルキラーとしては、それほど特徴がない、普通の殺人鬼と言える。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 3人
(他10人以上強姦)