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フレデリック・ウェスト (イギリス)
【1941~1995】



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ローズマリー・ウェスト (イギリス)
【1953~ 】



フレデリック・ウォルター・スティーヴン・ウェストは、1941年9月29日、ヘレフォードシャー州のマッチ・マークルで8人兄弟の長男として生まれた。


父親は
「娘を犯すのは父親の権利だ」
と言い、フレデリックの妹と父娘相姦をしていた。

また父親はフレデリックに獣姦の教育を行い、その事で父親を尊敬していた。

しかし、母親からは
「村の皆がやっている」
と言われて性的虐待を含む体罰を加えられた。

父親は娘と父娘相姦し、母親はフレデリックと母子相姦するという、とんでもない家庭環境でフレデリックは幼少を過ごす。


フレデリックはその後、数多くの女性と性行為に耽るようになり、母親はその事に激しく嫉妬し、フレデリックに暴力を振るった。


19歳の時、フレデリックは13歳の妹と性行為をし、妊娠させてしまう。

フレデリックは裁判にかけられたが、後に釈放されている。

だが、この事でフレデリックは家を放逐されてしまう。


その後、フレデリックはパキスタン人男性との間で妊娠中の売春婦リーナ・コステロと出会った。

すでにかなりの経験をしてきたフレデリックだったが、妊娠中の女性との行為という倒錯的な性行為は初めてだった為、フレデリックはリーナにはまり、グラスゴーへ移住し結婚した。

パキスタン人との間の義理の娘シャーメインが生まれ、1964年にはフレデリックの実の娘アンも生まれた。

妻の友人アンナ・マクフォールは乳母としてフレデリックの家に住んでいたが、フレデリックはアンナとも肉体関係になる。


リーナとの結婚生活が破綻すると、すぐにアンナとの生活が始まるが、フレデリックの子供を妊娠しているアンナの両手を縛り、犯しながら心臓を一突きして殺害してしまう。

その後、アンナの死体を解体し埋めた。

フレデリックはグラスゴーからイングランド南西部のグロスターへ再び移住する。


そして、1968年末にローズマリーと出会う事になる。


旧姓ローズマリー・レッツは、1953年11月29日、デヴォン北部のノーザムで、7人兄弟の5番目として生まれた。


父親のビルは典型的な駄目な親父で、低所得にもかかわらず家では威張り散らし、逆らうことを許さなかった。

妻やローズマリーらが父親から殴られ、鞭で打たれるのは日常茶飯事だった。

だが、要領の良いローズマリーは、父親に身体を許す事で暴力から逃れていた。


そんな荒んだ家庭で育ったローズマリーは、まともに育つわけてもなく、ローズマリーは兄弟たちとも肉体関係を持つようになる。


その後、何度も売春容疑で捕まっては釈放され、15歳になった1968年11月29日、チェルトナムのバス停でフレデリックとローズマリーは運命的な出会いを果たす。


そして1972年1月29日、2人は結婚する。

その後、娘ヘザーも生まれ、一見平穏な日々を送るかと思われたが、性格の歪んだ2人がまともな生活を送れるわけもなく、お互いの理性のたがが完全に破壊されてしまう。

そして、この異常夫婦は、この頃から強姦殺人を繰り返すようになる。


2人は車でドライブに出掛け女性を物色。

かわいい女の子や綺麗な女性を言葉巧みに車に乗せると、家に連れて行き拉致監禁する。

その後、長時間に渡って凌辱の限りを尽くし、性奴隷にした挙げ句、拷問して殺害した。

しかも、ローズマリーもディルドーを装着し、女性を犯した。


監禁や拷問の為のグッズや拘束器具も自宅の地下室に常備し、拘束器具に身体の自由を奪われた女性達は、拷問の限りを尽くされ殺されていった。

2人の残虐性は増していき、妊婦を拉致して腹を割き、胎児を抉り出すような異常さで、ウェスト家の地下室はまさに地獄絵図であった。


また、ローズマリーは売春行為でお金を稼ぎながら、フレデリックとの結婚後も実の父親とは性交をし続けた。

フレデリックは妻のローズマリーが父親と性交してるのを、壁の穴から覗いて興奮して見ていた。


1983年にローズマリーは8番目の子を生み、直後に不妊手術を受けた。

その後もローズマリーはフレデリックとの間に5人、混血児を3人出産した。


フレデリックはローズマリーとの間にもうけた自分の娘達も強姦した。

娘の1人ヘザーは、フレデリックとローズマリーの両親に、散々強姦されて挙げ句、殺害される。

実の娘の死体をバラバラに解体し、庭に埋めた。


1992年8月、娘の友人の少女が巡査に話したことで同月フレデリック・ウェストは娘たちに対する強姦罪3件、獣姦罪1件の容疑で逮捕される。

また、同時に5人の子供たちに対する緊急保護命令が出される。

ローズマリーも「残虐行為」及び「児童に対する不法性交の奨励」で逮捕された。


1993年6月、2人は法廷に立たされるが、証人である2人の子供が証言を拒んだ為、2人は無罪になってしまう。


しかし1994年2月、殺害した娘ヘザーの件でグロスター署の捜査チームが正式な捜査令状を持ち、フレデリックの自宅を訪れ、翌日、フレデリックは娘の殺害を自供した。

「殺意はなかった、事故だ」

と主張したが、自宅の庭から足が3本出てきた為、捜査は続いた。


その後、同年3月上旬に12件の殺害を自供する。

事件が世間に明るみになると、イギリス全土が震撼し、グロスタークロムウェル通り25番地にある2人の家は「恐怖の館」と呼ばれた。


1995年元日、フレデリックはローズマリーに

「新年おめでとう。ありったけの愛を込めて」

と書き残すと、裁判が始まる前に、バーミンガム刑務所の独房で首を吊り自殺した。


同年11月、ローズマリーは10件の殺害で終身刑を受ける。

ローズマリーはすぐに控訴するが、棄却され刑が確定する。

ローズマリーは現在も無罪を訴えている。


最後に13歳の妹を妊娠させ、告発された裁判で言ったフレデリックの言葉で終わりたいと思います。

「みんなもやっていることだろ?」



∽ 総評 ∽

フレデリックもローズマリーも崩壊した家庭で育ち、出会うべきして出会った2人であった。

本件の2人のような殺人夫婦や殺人カップルは数多く存在する。 大概がこの2人のように、お互いの異常性に惹かれあい、一緒になった後はたがが外れてしまう。

しかし、この2人に関しては、確かに一緒になって更に異常性は増したが、もともとあった異常さも半端ないことだ。

全英での殺人夫婦といえば、以前掲載したイアン・ブレイディ&マイラ・ヒンドレーが有名だが、このウェスト夫妻も匹敵するほどの異常ぶりであった。

ただ、2人の家庭環境はあまりに酷かった為、まともな家庭環境で育ったならば、こうはならなかったかもしれないと思うので、同情の余地は充分にある。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ★★★★★★★★★☆
・異常性 ★★★★★★★★★☆
・特異性 ★★★★★★★★☆☆
・殺人数 12人

《犯行期間:1967年~1987年》