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ジョージ・ジマーマン (アメリカ)
【 1983 ~      】



ジョージ・マイケル・ジマーマンは、1983年10月5日に生まれた。

ジマーマンは、サンフォードにあるツインレイクのゲーティッド・コミュニティの自警団員であった。

ジマーマンにはシェリー・ディーンという妻がおり、ロバートとグレイディズという2人の息子がいた。

事件当時は保険会社で働きながら、セミノールステートカレッジに通い、司法官を目指して刑法と訴訟手続き、セルフディフェンスを学んでいた。


一方、2005年には、警察官に対する暴行で逮捕歴があり、元フィアンセの女性は、ジマーマンによる家庭内暴力を理由に裁判所に接近禁止命令を申請していた。


2012年2月26日午後7時頃、トレイボン・ベンジャミン・マーティンが、フロリダ州サンフォードのコンビニで、スキットルとアイスティーを買い、パーカーのフードを被った姿で、家に向かい歩いていた。

すると、ジマーマンがマーティンを見て不審者と判断し、警察に

「不審人物がいる」

と通報する。

警察はジマーマンに対して
「車外に出ず、その人物に接近しないように」
と指示する。

しかしジマーマンは、その警察の指示を無視してマーティンの追跡を勝手に開始する。

ジマーマンがマーティンを止め、尋問後、2人は揉み合いになり、ジマーマンが38口径ハンドガンでマーティンの胸部を撃ち射殺。

ジマーマンとマーティンがもめている所を目撃した女性から警察に通報があり、その音声内でもジマーマンの銃声が聞かれた。

駆け付けた警察に、ジマーマンはマーティンを撃ったことを認めるも、正当防衛であると主張する。

ティモシー・スミス巡査は事件の報告書に、ジマーマンが事件直後、鼻と後頭部から出血していたと記載。


2012年2月27日、マーティンの母親であるトレイシーが、息子が行方不明であるとして捜索願を提出する。

その後、サンフォード警察がトレイシーを訪ね、父親は息子であるマーティンの遺体を写真によって確認した。


2012年3月8日、事件調査員は、診療所の診断により、事件当時ジマーマンが負った怪我が、他者の暴行によるもので疑問点がないとする医療記録をファックスにて受信する (ただし、マーティンによるものかは不明) 。


同年3月12日、サンフォード警察長官ビル・リーは、事件に関するジマーマンの供述に疑いがない為、不起訴であることを説明する。


翌日13日、サンフォード警察殺人捜査課クリストファー・セリノは、ジマーマンが事件当日、マーティンに対して自らが市民団体員もしくは自警団員であることを告げなかった点、またジマーマンの怪我がジマーマンが供述するところの

「生命を脅かす事態」

というには大袈裟である点、マーティンが殺傷能力のある武器・凶器を所持していなかった点を指摘し、ジマーマンを過失致死罪で起訴することを提言する。


翌日14日、事件はフロリダ州弁護士ノーム・ウォルフィンガーに引き渡された。


翌日の15日、ジマーマンの父親ロバートが、オーランドセンティネル新聞社に宛てた手紙の中で、ジマーマンが人種差別主義者であるという記述がされていることを不当であると指摘する。

ジョージがヒスパニック系であり、多民族家族の中で育ったことを記述している。


翌日16日、捜査当局は事件当夜に7件の通報があったことを発表。

そのうち1件は、警察の指示を無視してジマーマンがマーティンを追跡したことが報告されている。

また別の通報では、
「ヘルプ、ヘルプ!」
と叫ぶ声がした直後に銃声が聞こえたことが報告されている (これがマーティンの声かはわからない) 。


同年3月19日、司法省とFBI連邦捜査局は、マーティンの死に関する調査を開始することを発表する。


翌日20日、マーティンの弁護士ベンジャミンが記者会見を開き、事件発生時、マーティンは19歳のガールフレンド (当時は匿名での発表で、のちに出廷し、本名がレイチェル・ジャンテルであることが公開される) と電話中であったことを報告。

ベンジャミン弁護士によると、レイチェルは電話越しに誰かがマーティンに対して、何をしているのかと聞き、マーティンがその人物に対して、なぜ後をつけて来るのかと、問い返したのが聞こえたことを告白した。

レイチェルが受けた印象では、その後に激しい口論があって、その最中にマーティンの耳からイヤホンが外れて音声が途絶えたという。


翌日21日、CNNは事件当夜のジマーマンの通報電話の会話の中で、黒人に対する人種差別的な中傷発言が聞こえたと分析する。


翌日22日、マーティンの両親が、ジマーマン逮捕に対する署名運動を開始し、130万人以上の署名が集まる。


翌日23日、サンフォード警察長ビルが、事件の対応についての非難を受け、一時的に退任することを発表。

また、オバマ大統領がマーティンの殺害に関する論争が拡大していることについて、公の場で初めて発言をし、同事件は国を挙げての捜査が必要であると述べた。


翌日24日、マーティンの死からちょうど1ヶ月が経過し、全米各地で抗議集会が開かれた。

サンフォード市は事件とその影響についてタウンホールミーティングを開き、マーティンの両親が演説をした。


同年28日、ジマーマンの父親ロバートがテレビ番組に出演し、マーティンがジマーマンを殺すと脅して、ひどく殴った為にジマーマンがやむを得ずに発砲したと述べた。


翌日29日、ジマーマンの兄がCNNに出演し、ジマーマンが発砲する前に、マーティンから暴行を受け、鼻骨を骨折していたことを医療記録が証明すると述べた。


同年4月2日、FBI連邦捜査局エージェントが、レイチェルにインタビューし、レイチェルが事件の直前までマーティンと電話で会話をしていたことを通話記録と合わせて確認する。


同年4月9日、検察官アンジェラ・コーレイが事件を大陪審に持ち込まないことを発表。


翌日10日、弁護士ハル・ウーリグとクレイグ・ソナーが、ジマーマンと音信不通になり、弁護を中止したことを発表する。


翌日11日、ジマーマンが第二級殺人罪で起訴され、収監されたことを新任弁護士マーク・オマラがCNNに報告する。


同年4月20日、ジマーマンの保釈審問が開かれ、裁判長ケネス・レスターは、保釈額を15万ドル (約1500万円) に設定し、審問の中で、ジマーマンは、マーティンの遺族に対して、マーティンの死ついて謝罪する。


同年4月23日、ジマーマンは正午過ぎに保釈され、同日、無罪弁明書と罪状認否書を提出する。


同年5月8日、ケネス・レスター裁判長がジマーマンの無罪弁明書を受理する。


同年6月1日、ジマーマンと妻のシェリーが、4月に設定されていた保釈金の支払いが出来ず、財務状況について虚偽の報告をしていたとして、ケネス・レスター裁判長がジマーマンの保釈を撤回、48時間以内の出廷を要請する。


同年6月3日、ジマーマンは出頭し、セミノール郡のジョン・E・ポール刑務所に収監される。


同年6月12日、ジマーマンの妻シェリーが偽証罪で逮捕される。


同年6月20日、サンフォード警察長官ビル・リーが解雇される (マーティンの事件が原因かどうかはわからないが、明らかにそうだと思われる) 。


同年6月25日、ジマーマンの弁護士が「妥当な保釈金額」の設定を裁判所に申請する。


同年7月5日、ジマーマンの保釈金が100万ドル (1億円) に設定される。


翌日の6日、保釈金の最低所要額として10%の10万 (1000万円) を支払い、ジマーマンは保釈される。


同年7月13日、ジマーマンの弁護団が、レスター裁判長が前週の保釈命令において
「根拠のない、軽蔑的な」
言葉を使用した為に、ジマーマンが正当な裁判手続きを受けられないという理由でレスター裁判長の辞任を要請する。


同年12月7日、ジマーマンがNBCユニバーサルが、事件時のマーティンの通報電話の音声を不当に編集して放送したとして告訴。

裁判中にNBCが
「ジマーマンは人種差別主義者で、マーティンに対しても差別的な見方をした」
かのように報道したと指摘する。


2013年3月5日、ジマーマンの弁護士マーク・オマラが、スタンド・ユア・グラウンド法による訴追免除の為の公聴会を、準備時間が足りないことを理由に中止することを発表する。

スタンド・ユア・グラウンド法とは
「自分の身は自分で守れ法」
「先に撃て法」
とも呼ばれ、
「自分がその場にいる権利のあると信じている人物が命の危険があると感じた場合には、その場から立ち去る必要はなく、公共の場でも殺傷能力のある武器を使用して相手を攻撃して良い」
とする信じられない法律である。


同年4月30日、ジマーマンの弁護士団は、同事件をスタンド・ユア・グラウンド法ではなく、正当防衛として法廷で争うことを決定する。


同年5月28日、裁判長は被告側から提出された答弁書を裁定。

ジマーマンの裁判において、マーティンの銃に対する知識があったこと、マリファナの使用歴があったことなどの、過去に関わった口論やけんか等を持ち出すことを禁じた。

また陪審員を事件現場に連れて行くことを禁じると同時に、陪審員の人数のみを公開し、経歴を伏せるとした (以前、掲載してデール・ピエールのように、陪審員に白人ばかりだと問題になったりする為だと思われる) 。


同年6月20日、全ての陪審員に女性が選出される。


同年6月24日、裁判が開廷される。


同年6月27日、マーティン殺害直前まで携帯電話で会話をしていた19歳のレイチェルが証人喚問として出廷する。


同年7月13日、陪審員にはジマーマンに対して、
「第二級殺人罪の適用」
「過失致死罪に相当する刑罰の適用」
「無罪の適用」
という3択が与えられた。

陪審員の審議は16時間に及んだ末、6人の女性陪審員がジマーマンを無罪とする判決を下す。

それ以降、全米各地で無罪判決に対する抗議デモが始まる。

以上が事件の一連の流れである。


余談ではあるが、ジマーマンは2013年11月18日、フロリダ州の自宅で恋人と口論になった際、銃を突きつけたり、銃でガラス製のテーブルを叩き割ったりして脅したとして暴行や器物損壊の疑いが持たれていた。

ジマーマンは容疑は否認しているが、恋人を家から追い出した後、家具などでバリケードを築いたが、恋人の通報を受けて捜査員が駆け付けた際には、おとなしく拘束に応じ逮捕された。


2015年5月11日、アメリカ南西部でジマーマンは車を運転中に、銃で撃たれ軽傷を負った。

撃った犯人は過去にジマーマンから脅迫を受けたと訴えており、犯人がジマーマンの車にクラクションを鳴らし、ジマーマンが車をターンさせようとした所、窓越しに撃った。

その際、ガラスの破片でジマーマンは怪我をした。

尚、ジマーマンは発砲しなかった。



∽ 総評 ∽

アメリカでは1度判決が出てしまうと覆る事はない。

ジマーマンはマーティン殺害に対しては法的には「無罪」で、この事件でジマーマンが裁かれる事は今後2度とない。

黒人差別云々の前に、事件だけを見る限り、ジマーマンに非があると言わざるを得ない。

マーティンの過去は別として、事件の夜は、丸腰で何も持っていなかったマーティンに対して、銃を持っていたジマーマンは、明らかに力の上下関係はジマーマンの方が上だ。

そんなジマーマンは「身の危険を感じたから」と言って発砲したが、そもそも勝手に怪しいと思って尾行したのはジマーマン本人だし、マーティンが犯罪を犯している所を目撃したわけでもない。

また、ジマーマンの過去の行いや事件後に起こした事件を考えると、とてもまともな人間性とは言えず、余計マーティン殺害に疑問が残る。

黒人差別と訴える人々の気持ちもよくわかる。

これが逆に黒人の男性が白人少年を射殺した場合、世論的にも黒人男性がバッシングを受け、多分ジマーマンのように「無罪」になる可能性は低い。

それくらい、黒人差別というのはアメリカには今も昔も根強く存在するのだ。

最近でこそ黒人に対する差別が薄れた感があるが、ここ1、2年の間に、再びこのジマーマンの事件も含め、いくつかの白人と黒人による事件が起こっている (現在、話題の白人警官が黒人少年を撃った事件などがその例) 。

マーティンはすでに亡くなっているので、完全に「死人に口なし」であり、自分で自分を擁護することはもちろんできない。

よく、裁判は公平にと言われるが、殺人の場合、被害者はもちろん出廷できず、加害者の意見を一方的に聞くしかない為、そもそも「公平」にというのは不可能なのだ。

本件は「猟奇殺人者」というカテゴリーとは少し異なるが、個人的な意見を述べたい為、あえて掲載させていただいた。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・異常性 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
・特異性 ★★☆☆☆☆☆☆☆☆
・殺人数 1人

《犯行期間:2012年2月26日》