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モーゼス・シトレ (南アフリカ)
【1964~ 】



1964年11月17日、シトレは南アフリカで生まれた。


シトレは連続殺人が発覚するまでは、周囲から

「知的な紳士」

「温厚な人柄で付き合い易い好人物」

との評判を得ていた。


しかし、シトレは実は6つの偽名を巧みに使う常習的な犯罪者だった。


シトレの殺人は1994年6月から始まった。

シトレはアフリカ系の女性を物色し、あとをつけ自宅に侵入する。

女性の頭に布袋を被せ、服を脱がせてから両手を後ろ手に縛った。


その後、強姦し、斧で殺害する。

殺した後は、犠牲者宅のバスルームで必ず返り血を洗い流し、自宅に帰るという大胆不敵なものであった。


警察は1994年から、女性殺人事件が突然増加したことに、1995年10月になって気付き、アメリカFBIの有名プロファイラー、ロバート・レスラーに協力を要請する。


そして、警察は1週間の集中捜査を行い、10月18日についにシトレを逮捕する。


1996年10月からシトレの裁判が始まり、38人の殺人と、40件の強姦の罪で告発され、裁判は1年に渡って続いた。


1997年12月5日、シトレは2410年の懲役刑が言い渡されたが、その時、シトレは不適に微笑んでいた。

被害者の遺族たちは、この判決を不服として
「死刑判決」
を望んでいる。


刑務所で製作される
「犯人インタビュー・ビデオ」
の登場人物に志願し、インテリらしい口調で雄弁に自らの殺人について語った。


そのインタビューでシトレは次のように語っている。

「私は女性が大嫌いだ。私が彼女たちにしたことは、汚らわしい彼女たちにとって非常によいレッスンだったのだ」



∽ 総評 ∽

「南アフリカ史上最も悪名高い連続殺人犯」と呼ばれ、わずか1年ほどで、38人以上殺害し、少なくとも40人以上の女性をレイプしたシトレ。

この事件は、アターリッジヴィル、ボクスブルグ、クリーヴランドというように、ちょうどアルファベット順の町で発生した為、別名「ABC殺人事件」とも呼ばれた。


シトレの幼少時代についてはよくわからないが、普段は好人物に思われていたことから、秩序型のシリアルキラーに見られるIQの高い非常に頭の良い人物だったと思われる。


南アフリカは以前は『アパルトヘイト』という人種差別政策が行われていた。

シトレが生まれ、成人になってもそれは続いており、シトレは決して裕福で豊かな人生を過ごしてはいないだろう。

ちょうどシトレが殺人を犯す1994年に撤廃されているが、シトレはまるでそれまでの恨みを晴らすかのように殺人を始めた。

実際はわからないが、もしかしたら人種差別などが、後のシトレを凶行に走らせた原因なのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★☆☆
・特異性 ★★★★★★☆☆☆☆
・殺人数 38人以上
(他40人以上強姦)
《犯行期間:1994年6月~1995年10月》