image
















ランディ・クラフト (アメリカ)
【1945~ 】



ランディ・スティーヴン・クラフトは、1945年、アメリカ・カリフォルニアで生まれた。


父親は航空機製造会社に勤務していた為、比較的裕福な家庭で育った。


クラフトには姉が3人おり、その関係は良好であったが、多分クラフトはこの3人の姉の影響をたぶんに受けてたと思われる。

男兄弟が上にいる末娘だと、男っぽく育つことが多い反面、女姉妹が上にいる末男子だと、女っぽく育つ傾向にある。


それが原因なのかはわからないが、クラフトは成長するにつれ、自分が男にしか興味を抱かないことに気づいた。


クラフトは優秀な成績で高校を卒業、その後、ロサンゼルスの男子大学に進学する。


そして、大学の夏休みに、黒人の学生と初めて性交し、完全なゲイになる。


大学を卒業したクラフトは、空軍に入隊するが、仕事は基地の建物や軍用機にペンキを塗る単純労働で、軍への憧れが失望に変わってしまう。

そんな最中も、クラフトは夜はゲイ・クラブで男をナンパしていた。

それがバレたクラフトは、軍を除隊させられる。


以来、職を転々としながらゲイの友人と同棲する。


しかし1970年、クラフトは13歳の少年を誘拐してくると、ドラッグで意識を失わせ、レイプした。

この事件が発覚しなかったことに味をしめ、クラフトは次々と若い男をナンパして、麻薬を使ってレイプする。


その後、首をワイヤーで絞め、殺すようになり、そして、必ず戦利品のように陰茎を切り取った。


強姦殺人を続けながら、クラフトは州立大学でコンピューターの勉強をしていた。

これからコンピューター業界が急速に成長するだろうと読んでいたからである。


そのクラフトの読みは当たり、コンピューター会社に就職する。


しかし、就職したクラフトだが、1975~76年の間に殺人に拍車が掛かる。

殺した男の喉に枯れ葉を詰め込んだり、全身にタバコの火を押し付けたり、切断した陰茎を肛門に突っ込んだりした。


1977~78年には、殺人方法に銃を使用するようになり、1979年には1年で10人、1980年には14人がクラフトに殺害され、陰茎を切断された。


クラフトはミシガン州、コネチカット州、オレゴン州など、各地で男を物色。

被害者がクラフトによりどんどん増えていく。


1983年5月14日、クラフトは運転していたのだが、蛇行運転がたまたま警ら中の巡査の目に止まり、停車を求められた。

車内を覗き込んだ巡査は驚愕し、クラフトを緊急逮捕する。

同乗者の男が泡を吹いて倒れていたからである。

ちょうどクラフトは男性を殺して車で運ぶ最中だったのだ。


クラフトの裁判は長引き、有罪判決が出たのは1989年。

実はクラフトは、殺した男の特徴や死体を捨てた場所を記したノートを持っていたが、そこには61人が記入されていたのだが、結局は16件の殺人で有罪となった。

しかし、警察は他に51件の殺人に関与しているとみている。

もし、それが全て事実なら112人を殺害したことになる。


クラフトは現在もなおサン・クエンティンの死刑囚監房に収容されている。

同僚には同じく「フリーウェイ・キラー」仲間のウィリアム・ボーニンがおり、同じ異常者同士仲が良かったらしい (ちなみにボーニンは1996年に死刑が執行されている) 。


2000年8月11日、カリフォルニア最高裁判所が死刑を支持する判決を言い渡し、クラフトの死刑が確定する。


現在も死刑は執行されていないようで、死刑囚監房でその時を待っている。



∽ 総評 ∽

クラフトは生粋のゲイ殺人鬼だが、クラフトがゲイに目覚めたはっきりとした原因はわからない。

前述してとおり、3人もの姉がいた影響かもしれないが、世の中、姉が沢山いるからといってゲイになるとはもちろん限らない。

ただ、姉が数人いる家庭だと、統計的に少し男らしさに欠け、女性っぽくなる事は確かに多いようだ。


クラフトはカニバリズム (食人) と ネクロフィリア (屍姦) を全くやらず、生きた獲物にしか興味を示さなかった。

そういう点ではクラフトは、純粋な思考のシリアルキラーと言える。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★☆☆☆☆
・残虐度 ★★★★★★★☆☆☆
・異常性 ★★★★★★☆☆☆☆
・特異性 ★★★★★★★☆☆☆
・殺人数 61人
(他に51件の殺人に関与)
《犯行期間:1970年~1983年5月14日》