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ゲイリー・ハイドニック (アメリカ)
【1943~1999】



ゲイリー・マイケル・ハイドニックは、1943年11月22日、アメリカ・オハイオ州イーストレイクで生まれた。


両親はハイドニックが2歳の時に離婚したのだが、原因はアル中の母の浮気だった。

しかも、その相手が黒人だったことから、ハイドニックは父から
「黒人は生きる価値がない」
と散々教えられて育った。

ちなみにその母は2人の黒人と再婚した後、1971年に癌を苦に自殺している。

ハイドニックは再婚した黒人の父親に異常に厳しくされ、体罰を加えられた。

実の父親に散々黒人の事を罵られ、黒人に母親を奪われ、しかもその義理の父親の黒人に虐待される。

この時点で、ハイドニックの中で黒人に対する恨みがすでに根付いてしまった。


ハイドニックは知能指数が高く、IQが130以上もあった (東大生の平均IQが120前後なことを考えれば、ハイドニックのIQがいかに高いか窺える) 。

そんな賢いハイドニックは、少年時代から株の勉強をした。

また、同時期に戦争や軍にも強い関心を示すようになり、結局、ハイドニックはミリタリー・スクールに入学する (普通の授業の他に軍事訓練などする学校) 。

非常に優秀な生徒だっが、ハイドニック自身、自殺未遂を13回も繰り返すほど、精神状態が不安定だった。


精神状態が不安定だったが、ハイドニックは後に陸軍に入隊する。

この頃からハイドニックは、精神安定剤なしでは生活できない身体になっていた。


そして、軍を辞めてからは株の売買で生計を立てるようになる。

しかもハイドニックは、車と女にしか興味がなく、ポルノを見るのが好きだった。

また、知能指数の低い黒人の売春婦を買う事を好んだ。

施設から知的障害の黒人女性を拉致監禁して性行為の玩具にするなどで逮捕され、以来、刑務所や精神病院を往復する。


何人かの黒人女性を妊娠させたが、どの子供も施設に引き取られたハイドニックは、無性に自分の子供が欲しくなる。

そして、ハイドニックは
『教会を開き、子供を作れ』
という神の声を聞く。

ハイドニックは自分の教会を開き、信者を募った。


そして、1983年に購入した自宅を要塞のように改造した。

用意が整うと、ハイドニックは街に出かけ、黒人の娼婦を物色する。


1986年から1987年の約1年間に5人の娼婦を拉致し、自宅の地下室に監禁する。

ハイドニックは自宅の地下室を『産児農場』と呼び、監禁した女性たちを次々と強姦した。

ハイドニックは10人の子供を作り、自分の新しい家族を作ろうと決めていた。

地下室にてレイプを繰り返していたハイドニックだが、喉にパンを詰めて黒人女性の1人を窒息死させてしまう。

また、もう1人の女性には水をかけ電流を流して殺してしまう。

そして、亡くなった女性の死体は解体し、料理して食べた。

また、監禁している女性たちにもその料理を食べるよう強要し、食べさせた。


1987年、監禁していた1人の女性が、
「すぐ戻るので、子供たちに会わせて欲しい」
と願い出ると、ハイドニックはなぜかそれを許してしまう。

結局、その女性が警察に駆け込み事件が明るみとなった。

事件が公になると、その事件のあまりの異様さに全米が騒然となった。


ハイドニックには死刑が言い渡され、1999年7月6日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年55歳。


名作『羊たちの沈黙』に登場するバッファロー・ビルが、女性を地下室の穴に監禁するシーンがあるが、これはこのハイドニックの事件を基にされている。

『羊たちの沈黙』は1991年公開なので、事件発覚からわずか4年足らずで映画の基になっている事から (映画自体が制作されたのはもっと前) 、ハイドニックの事件がいかに世間に衝撃を与えたかが伺える。



∽ 総評 ∽

『マーシャル・ストリートの狂人』と呼ばれ、自らの子供を作らせる為に女性をさらい、監禁したハイドニック。

ハイドニックを猟奇殺人者と呼ぶには少し語弊があるかもしれないが、その犯行と動機の異常さは群を抜いており、ある意味普通の連続殺人なんかよりよっぽどインパクトがある。

ハイドニックも典型的な崩壊家庭の中で育った。

以前掲載したスタノは、売春婦の母親を憎み、売春婦殺しに精を出し、ハイドニックも黒人の男性に母親を奪われ、しかもその黒人の父親に虐待された事から黒人に対して人一倍嫌悪感を抱き黒人の娼婦ばかりを狙った。

ただ、ハイドニックの特殊な所は、通常黒人を恨んでいるなら、次々と黒人の女性を殺して満足するものだが、ハイドニックの場合は、その黒人達に子供を産ませようとしたことだ。

ある意味その行為がハイドニックなりの復讐だったのかもしれない。



【評価】※個人的見解
・衝撃度 ★★★★★★★★★☆
・残虐度 ★★★★★☆☆☆☆☆
・異常性 ★★★★★★★★★★
・特異性 ★★★★★★★★★☆
・殺人数 2人
(他4人監禁)
《犯行期間:1986年~1987年》